今回は第164回芥川賞候補作となった、乗代雄介さんの「旅する練習」を特集します。純文学が苦手だというのぶ君も、途中までは読んでみたという1作。それだともったいないので、最後まで読みたくなるあらすじや読みどころ紹介をしますね。また、芥川賞の受賞予想も併せて行っています。ぜひ最後まで読んでみてください。
乗代雄介のプロフィール
まずは乗代雄介さんのプロフィールから紹介しますね。北海道出身の小説家です。2015年に「十七八より」で第58回群像新人賞を受賞してデビューしました。デビュー当初からその筆力は評価されており、2018年には「本物の読書家」で第40回野間文芸新人賞を受賞。さらに「最高の任務」では第162回の芥川賞候補になっています。
ほー、実力派作家って感じの経歴ですね。やっぱり小さい頃から小説ずっと書いてたのかな。
小さい頃から読書家だったようですね。高校時代には好きな文学作品を書き写していたと、「作家の読書道」特集でのインタビューにて語っています。
高校の終わりくらいからです。最初は名言集みたいなものを作りたいと思って。で、その一部分だけなんですけれど…(と、分厚いノートを何冊も取り出す)
引用:第217回:乗代雄介さん – 作家の読書道 | WEB本の雑誌
何事も真似るところから始まりますよね。
「旅する練習」は第164回芥川賞候補作に選出される
今回紹介する「旅する練習」は第164回芥川賞候補作に選出されています。「最高の任務」に続き、2度目の候補です。
前回候補の「最高の任務」はどんな評価を受けていたのですか?
前回は下馬評(世間の芥川賞予想)が候補作中最も高かった印象があります。それに対して選考会では良い評価は少なかったですね。選考委員の小川洋子さんだけ高評価をしていました。
実に微妙で、ややこしくて、ひねくれた、愛すべき小説である。(小川洋子さん評)
引用:芥川賞のすべて・のようなもの
なるほど。今回はリベンジといった感じでしょうか。
ただ今回は話題だけでいうと、クリープハイプというバンドで活動している尾崎世界観の小説が目立っていますね。他に弱冠21歳で候補となった宇佐見りんさんも実力が評価されています。
おぉ。となると、受賞は難しそうですか?
どうでしょうね。受賞予想はまた最後の方にするので、まずは作品のあらすじや魅力についてみていきましょう。
「旅する練習」のあらすじとは
僕、今回、実はちょっとだけ作品読んだんですよ。
そうなんですか。ではのぶ君の方からあらすじを簡単に紹介してもらっていいかな?
いやー、ちょっと勘弁を。サッカー好きの女の子が小説家の叔父さんと、鹿島へと向かう話ってくらいしか言えないです。
間違ってはいませんよ。その道中での出来事を綴った小説ですね。
ただ、僕途中で挫折しちゃったんで。
あら、もったいない。どの辺で読むのを辞めたんですか?
柳田國男のエピソードが出てきたあたりですね。いきなり堅苦しい感じがして読み進められなかったです…。
確かに、その辺りは読みづらく感じるかもしれません。ただ、そのエピソードは作中作といった感じで、小説家である叔父さんの「私」がその土地にまつわる話を入れているだけなので、一つ一つはそう長く続かないですよ。鹿島へと向かう途中の利根川沿いの自然描写や、そこにまつわる歴史エピソードが散りばめらている形ですね。
そこはそんなに意味が入らなくても大丈夫でした?
そうですね。ざっくり意味が分かれば、良いでしょう。作中エピソードは他にも幾つかあって。じゃあジーコの話までは行き着いてないでしょう?
ジーコ?日本代表監督のですか。そういえば、ジーコは昔アントラーズにいたんですかね?
いたどころか、鹿島アントラーズの活躍を主導した英雄的存在ですよ。それにアントラーズどころじゃなく、鹿島市自体の繁栄にも貢献しています。その辺りのエピソードはグッとくるし、比較的読みやすいです。
それに作品を読み進めていくと、道中で新しい女性との出会いもあり、そこからまた話が面白くなるんですよ!
え、そうなんですか?ずっと2人で旅するものかと思っていました。それは気になりますね。
「旅する練習」の読みどころ4つ
途中で読むの辞めてしまったんですが、あらすじだけ聞いてもうちょっと読んでみたいと思いました。
よかったです。ここからは読みどころについて、解説していきますね。
スケッチするように描く、自然や鳥類描写の記述
小説家である「私」は旅をしながら、気になる風景や草花や動物を発見した時にスケッチするかのように小説を書き留めるんですね。
変わった趣味といえばそれまでですが、小説家ってみなさんこんな感じで日常を送っているんですかね。
実際に作者の乗代雄介さんも普段から同じようなことをやっているようです。
実際にその場所に行って描写を書き込みます。(と、モレスキンのノートを取り出す)月日と時間と場所を書いて、目に見えているものを描写する。ひとつの公園に何度も行って書いたりもしています。季節によって植物も鳥も光も温度も変わるので…。
引用:第217回:乗代雄介さん – 作家の読書道 | WEB本の雑誌
メモ書きを残すように、描写しているのですね。
野良猫が来たから野良猫のことを書き始めて、そしたら川面に風が吹いて輝いて「次はそれを書くか」と思っていたら、水鳥が降り立ったり……。それを延々と書いている感じですね。
引用:第217回:乗代雄介さん – 作家の読書道 | WEB本の雑誌
時には描写している間に、ちょっとしたストーリーやドラマが生み出されることも。こういった経験を書き留めることが、創作の発想の源になっているのでしょうね。
同じ風景を見ていても、どう捉えるかで感じ方や考え方が変わるので、面白いですね。
作中でも一緒に旅をしているサッカー少女の亜美ちゃんが同じことを口にします。これまで何の興味もなかったカワウ(鳥の一種)に、自分がサッカーを続ける意義を見出すのですね。
へぇー。鳥と、サッカーを続ける意義なんて繋がりそうにないけど。どうやって結びつくか興味出てきました。
その土地にまつわる歴史やエピソードを探求するところ
のぶ君は、自分が住んでいる土地の歴史やエピソードに興味を持ったことはありますか?
んー。昔はこういう呼ばれ方してたとか、誰々が生まれた土地だとか、ちょっとした豆知識として知っているくらいですね。
ほとんどの人がその程度の認識しか持たないかもしれませんね。ただ、いろいろ研究してみると思いがけないエピソードがあって、面白い者ですよ。
「ブラタモリ」見ていて、へぇーそうなんだって面白く感じることはあります。
そう、そんな感じで!「旅する練習」でも小説家の「私」が、その土地にまつわるエピソードと現在の風景を絡ませて、思いをはせたり、描写したりしていて、面白いです。
ほぅほぅ。そういえば、もう一人の亜美ちゃんって何しているんですか?ひたすらサッカーの練習でリフティングしている感じ?
そうですね。基本はサッカーの練習をずっとしています。ただ、その時も「スーパー堤防」が出てきて。これはこの土地独特の形状ですね。サッカーをしているからこその気づきだと思えます。
他にも、石碑に刻まれた真言宗の真言をおまじないのようにして覚え、リフティングする前に唱えるというあたりも微笑ましい光景でしたね。
旅を通じて成長していく者たちの姿
あと、もう一人出てくるといってた人って、どんな人物なんですか?
詳しくはネタバレになってしまうところもあるので伏せますが、みどりさんという女性です。彼女は「内定辞退の希望者を募るメール」を受け取り、ショックを受けます。しかし亜美や小説家の「私」と交流していく中で、自分の生きる道を見つけていきます。
このように、旅を通じて成長していく姿が丁寧に描かれていて好感が持てますね。旅の終盤で、亜美がたどり着く考えがとても深いのです。
本当に大切なことを見つけて、それに自分を合わせて生きるのって、すごく楽しい
引用:「群像」2021年12月号73ページ
「かわいい子には旅をさせよ」とよく言いますもんね。僕が読んでいる段階では、まだ亜美ちゃんはちょっと生意気なサッカー少女って印象しかなかったんで、彼女がどう成長していくか楽しみになってきました。
鹿島アントラーズの栄光とジーコの英雄譚
亜美ちゃんはサッカーをしていることもあって、鹿島アントラーズの歴史やジーコの生きる姿勢にもすごく感銘を受けるんです。
じゃあサッカー好きにもおすすめの小説ってこと?
そうですね。特に日本代表の監督としてのジーコしか知らない人には、選手時代の彼の活躍ぶりを知れる作品としても読んでもらいたいです。彼がどのような思いでチームを引っ張ってきたか?そこには強いリーダーシップがあるので、「リーダーとは何か?」を考えるにも良いかもしれません。
自己啓発っぽい一面もあるってことですか?
そこまでは言い過ぎかもしれませんが…。ただ、彼の姿勢には見習うべきところはたくさんありますよ。もともとは背が小さくて周囲からは劣る存在だったんです。そこからの必死な努力に、実際に作中の亜美ちゃんも感化されています。
新型コロナウイルスで騒ぎ出す前の時代設定
あと、気になったことがあって、この作品って新型コロナウイルスが流行り出した頃の時代設定じゃないですか。そこが新鮮でした。
そうですね。2020年の春先ですね。まだ緊急事態宣言は出る前だけど、図書館が臨時休業になっていたり、登場人物が立ち振る舞いに気を遣っていたりはしています。何となく「気をつけないといけないかも」とそわそわした気持ちが出ている頃ですね。
時間が経って読まれた時、こんな時代もあったねと懐かしく思えたり、それを知らない世代からはそんな時代もあったんだねと。一つの時代を知る上での重要な作品になりそうだと思いました。
この記事を書いている、今はまだコロナ騒動が落ち着いてなくて、テイホームが叫ばれている頃です。早く誰もが自由に外を動き回れる時代に戻るといいですね。
そうですね。今は「旅する練習」を読んでみて、その後落ち着いた頃に利根川〜鹿島あたりの「聖地巡礼」をしたいですね。作品を片手にここはこんな場面だと思いながら、いろいろ巡ってみたいです。
「旅する練習」の評判は?口コミ評価レビューまとめ
それではここからは「旅する練習」についての、読者の口コミやレビューをまとめていきます。
旅する練習/乗代雄介#読了
現代版奥の細道とでもいうような、侘び寂びのある美しい作品
亜美の明るさがその中で際立っていて、危ういほどに光を放っている
最後の一文は、漱石のだから清の墓は、にダブって見える
あと、全体を通して平仮名と漢字のバランスが好みだった#読書好きと繋がりたい pic.twitter.com/GoxZtvz30q— なつ@読書垢 (@natsu_dokusho) January 4, 2021
乗代さんは文体に気を配って書いているのだろうなというのが伝わってきます。とても繊細で。実はこの作品自体が作中作というつくりになっているとも読めるのですが。構成もよく練られていますね。
乗代雄介「旅する練習」の「おジャ魔女どれみ」の歌を歌うシーンはエンドレスリピートできる。めちゃくちゃ元気出る。
— 長瀬海 (@LongSea) January 15, 2021
みどりさんと一緒にホテルで休養している場面での一コマです。微笑ましいシーンで印象的ですね。
「旅する練習」乗代雄介 著 読了。登場人物が皆心優しい。が、切ない…
— Hiroyuki (@hirock66) January 19, 2021
ん、この「切ない」感情って何なんですか?
あ、言ってなかったですが、最後は衝撃の展開になるんですよ。
「旅する練習」は芥川賞を受賞できる?ズバリ大予想!
ちょっと最後が意味深すぎるのですが…。まぁこのあたりで芥川賞を受賞するか予想してもらってもいいですか?
はい…。「旅する練習」は受賞するかどうか、非常に迷いますね。
ちなみに大本命はあるんですか?
はい、宇佐見りんの「推し、燃ゆ」が本命です。若い作家の作品ですが、これが受賞すると思います。
※宇佐見りんの「推し、燃ゆ」の紹介記事はコチラをチェック!
それで、2作受賞がもしあった場合に、真っ先に挙げたいのが「旅する練習」ですね。風景や自然描写を入れつつ、成長していく姿を描いているところに好感が持てるので。
なるほど。逆に足りないと思う点もあるんですか?
まあ旅を通じて人間成長するというのはあり触れたテーマではあるので。何かよっぽど突き抜けるものがないと厳しいかなと。旅を支える一つ一つのエピソードの「強度」や「繋がり」がどう評価されるかってところが、受賞するかどうかの焦点になるでしょうね。
なお、今回の芥川賞候補作は全て読んだ上で、記事にも書いているので、そちらもぜひチェックしてみてください。
※尾崎世界観の「母影」の紹介記事はコチラをチェック!
※砂川文次の「小隊」の紹介記事はコチラをチェック!
まとめ:「旅する練習」はスケッチするように描く作中作のエピソードが楽しい!
いかがでしたか?
いやー。途中で読むの辞めていたんですが、最後まで読みたくなりました!面白そうですね。
そうですね。全部のエピソードがハマらなくても、読みやすい話がいくつも挿話されていたり、とにかくサッカー少女の亜美ちゃんが成長していく姿が魅力的なので、ぜひ読んでみてください。
最後の衝撃というのが気になりますが…
まぁ詳しくは言えませんが、ショックを受けるかもしれません。そこは「お楽しみに」とは決して言えないのですが…。まぁでも全体を通じて良い作品で好感を持って読めるのは間違いありませんよ。
コメント
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