今回は、新人賞受賞作にして芥川賞の候補にもなった木崎みつ子さんの「コンジュジ」に注目。すばる文学賞において川上未映子さんが「ラストシーンに感動した」という本作のあらすじや魅力を解説します。第164回芥川賞の受賞予想や、読者の口コミも併せてご紹介。最後まで読んでみてください。
木崎みつ子のプロフィール
まずは木崎みつ子さんのプロフィールから。と言っても、まだデビューしたばかりなので情報は少ないです。
1990年生まれ、大阪府出身の作家です。大学卒業してからは校正業に携わっていた(現在も?)とのこと。2020年に「コンジュジ」ですばる文学賞を受賞し、デビューしました。
デビューしたばかりの作家さんなんですね。デビュー前から小説は書いていたのでしょうか?
すばる文学賞の受賞者インタビューによると、元々は漫画家を目指していたんだとか。大学卒業した頃に織田作之助青春賞に短編を応募しています。長編小説は「コンジュジ」が初めてとのこと。
おぉ初めての長編小説でいきなり文学賞を受賞ですか。才能ある方なんでしょうね。
「コンジュジ」は第164回芥川賞候補作に選出される
今回紹介する「コンジュジ」は第164回芥川賞候補作に選出されました。
デビュー作がいきなり芥川賞候補だなんてすごい!これってよくあることなんですか?
毎回芥川賞候補作の内、一作くらいは新人賞受賞作品が選ばれますね。ただすばる文学賞受賞作となると、かなり珍しく2004年の中島たい子さん「漢方小説」以来です。有名どころですと、綿矢りささんと芥川賞同時受賞となった金原ひとみさんの「蛇にピアス」があります。すばる文学賞受賞作で芥川賞も同時受賞したのはこの作品のみですね。
金原ひとみさんは僕も知っています。若い2人が芥川賞を受賞したと、社会的なニュースになりましたね。
今回は宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」の前評判が高く、またミュージシャンの尾崎世界観さんの「母影」の話題が先行しています。
第164回芥川賞候補作品
・宇佐見りん「推し、燃ゆ」(「文藝」 秋季号)
・尾崎世界観「母影(おもかげ)」(「新潮」12月号)
・木崎みつ子「コンジュジ」(「すばる」11月号)
・砂川文次「小隊」(「文學界」9月号)
・乗代雄介「旅する練習」(「群像」12月号)
受賞作発表は1月20日ですか。選ばれるかどうか、楽しみですね。
「コンジュジ」のあらすじとは
「コンジュジ」ってそもそもどんな意味ですか?
ポルトガル語で配偶者という意味です。
じゃあ結婚小説?
いや、結婚はしないんですよ。
え。どんな小説なのですか?簡単にあらすじを教えてください。
主人公のせれなは、イギリスのロックバンド「The Cups」のヴォーカル・リアンに恋をします。しかしこのリアンは既に亡くなったロックスター。たまたま見た追悼番組で彼に興味を持ち、彼にまつわる本やライブ映像、インタビュー映像などを漁ります。次第にリアンに惹かれたせれなは彼との日常を妄想するように。
そこまで聞くとのほほんとした恋愛ロマンスっぽいですが。
しかし一方で、せれなが生きる日常はとても厳しい。父親が2度自殺未遂をして、母親は逃げ出します。孤独な生活を過ごし成長していく中で、今度は父親が性的な目でせれなを見るようになり、危害を加えるのです。
過酷な現実とロックスターとの妄想ロマンスをうまく対比させ、物語は進んでいきます。
「コンジュジ」の読みどころ4つ
甘い話かと思いきや、結構重たそうな小説ですね。読む前から覚悟が入りそうなんですが…。読みどころを教えてもらっていいですか?
ロックスターに抱く妄想シーンのユーモアで愛らしい描写
まずは軽いところからいきましょうか。やはりロックスターに抱く妄想シーンが面白いですね。このリアンという男は才能に満ち溢れる中で、私生活は無茶苦茶。そんな彼との交わりが時にユーモラスで、時に愛くるしくて。
作者の木崎みつ子さんも受賞インタビューの中で、海外のロックスターの発言録が好きだと述べているんですよ。確かに彼らの人間性や発言をよく研究されているんだろうなというのが伝わってきます。
このまえジョンレノンのドキュメントがNHKでやってて。数十年前の海外ロックシーンって本当に激しかったというか、そういう気性が荒い人の方が生き残ってきた世界なんだろうなと感じました。
鬱々とした重苦しい雰囲気が物語を漂っている中、リアンとの妄想シーンは救いでしたね。
性的虐待という重いテーマを真正面から書ききったところ
さて。ここからは重苦しい話題も入ってくるのですが。
性的な目で見られて、危害を与えられるということは、いわゆる性的虐待ですか?
そうですね。父からの性的虐待なので、本当に衝撃が大きいです。私も小さい娘がいるので、胸が痛くなりました。他にも救いようがないくらい、重くて暗い状況に追い込まれていくのですが。
読むのも辛いですが、書く方もしんどそうですね。
そうですね。筆者の木崎さん自身も苦労したとインタビューで語っています。一部抜粋しますね。
性暴力の報道を見るたびに打ちのめされるような気持ちになっていた
(中略)
書いていない期間も、当事者の方が書かれた本を読んだり、性的虐待事件を描いた映画を観たりしていました。長年、言語化できないまでもずっと自分の中にある問題だったので、私なりに考え続けることができたことは良かった
引用:| すばる文学賞・これまでの受賞者 | すばる – 集英社 |
木崎さんはこの作品を書くのに五年間かけたことを明かしています。それだけ力のこもった作品だと言えますね。
加害者と被害者を切り分けられない、混沌とした世界観
すばる文学賞の選評で金原ひとみさんが以下のように語っています。
憧れの人の人生を通して被害者と加害者が不可分であることに気づき、自分の収まるべき場所に向かっていくその姿は、己を知ること、知りすぎてしまうことの美徳と虚しさを雄弁に物語っていた
引用:すばる2020年11月号121ページ
なんとなく褒めているんだろうなってことは分かるんですが、難しいです。
この、被害者と加害者を分けるのが難しい、と感じたのが一つのポイントですね。性的虐待を加えた父は、以前自殺未遂をして彼も被害者の側面があります。また主人公のせれなが憧れていたロックスターのリアンも、実は十四歳の少女に手を出したことがあり、負の一面を知ってしまうのです。
このように被害者と加害者を明確に切り分けられないもどかしさについても、作者はしっかりと書いています。こうして混沌とした世界を提示した上で、物語はラストへ向かっていくのです。
川上未映子さんが絶賛したラストシーン
ラストシーンは詳しく書くとネタバレになるところがあるので伏せます。ただ「救い」があるシーンなのは確かで、この場面を選考委員の川上未映子さんが絶賛しています。
単行本の帯にも書かれていますね。
サバイブの果てに辿り着く、こんなに悲しく美しいラストシーンをわたしは他に知らない。
深く、胸を打たれた。
引用:コンジュジ/木崎 みつ子 | 集英社の本 公式
また川上未映子さんと木崎みつ子さんが対談をしているのですが、その時の興奮ぶりが凄まじいですね!
もうまじかよと。なんだよこれ、どんくらいまじやねんと首を振って、涙が出て。本当に胸を打たれました。あのときの感覚、ほんと一生忘れない。
引用:木崎みつ子×川上未映子対談 | 集英社 文芸ステーション
タイトルの「コンジュジ」の意味もよく伝わってくる場面だと思います。私もとても感動しました。作者がこの作品に5年もの月日をかけたと知ると、なおさら感慨深いですね。
「コンジュジ」の評判は?口コミ評価レビューまとめ
ちょっと読むのに覚悟は入りそうですが、そのラストシーンは読んでみたくなりましたよ。
ここで読者の感想をまとめてみました。
ぼくがコンジュジに好感をもったのは、どうしようもない「生づらさ」に対して物語と想像力で応戦したからなんだとおもう
— おおたきびんた (@BOhtaki) January 20, 2021
いやコンジュジまじですごかったな。なんだあのラストは。なかなか忘がたい。つーか言葉であそこまで出来る、やってやるって決めてなきゃ小説なんか書く意味ねえ!ってくらいの気合と覚悟を感じた。この作家エッセイとか書いてもめっちゃ面白そう。
— hiko (@v_hiko) January 22, 2021
すばる文学賞受賞のコンジュジを読んでから、あまりの完成度の高さに
今の私じゃ新人賞はとれない、と打ちのめされている
昨年に宇佐見りんさんのかかを読んだ時と同じ感覚だ。
悔しい、で終わらせたくない
少しずつうまくなっている部分もあるから、もっと成長するために今日も頑張る。— 作田 優(さくた ゆう) (@yu_Sakuta) January 16, 2021
コンジュジを今日やっと急いで読んだ…すごすぎるのすごさの先を超えていてす、すごい…とわすれらない景色ばかり残った…
— スイスイ (@suisuiayaka) January 20, 2021
いずれも新人離れした木崎さんの実力を褒めたためていますね!
「コンジュジ」は芥川賞を受賞できる?ズバリ大予想!
※※実はこの記事をアップする時には受賞発表日を過ぎてしまったのですが。受賞発表前に予想していたので、その旨を書き記します。※※
「コンジュジ」は新人離れした素晴らしい作品だが、結論からいうと受賞は難しいかなと感じます。
どうしてですか?
一つは宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」との対比ですね。どちらも特定の人物に熱狂的になるという構図が似通っています。そうすると、推しに対する人物造詣や思い入れを明確に言語化できている「推し、燃ゆ」に分がありそうです。
また、もう一つはすばる文学賞での選評ですね。奥泉光さんと堀江敏幸さんは芥川賞の選考委員を兼任しているのですが、特に奥泉さんの方が「コンジュジ」をあまり評価していないんです。新人賞の場ですら低評価なので、芥川賞選考会での評価も厳しいだろうと思います。
※尾崎世界観の「母影」の紹介記事はコチラをチェック!
※宇佐見りんの「推し、燃ゆ」の紹介記事はコチラをチェック!
まとめ:「コンジュジ」はラストシーンが秀逸な小説だった!
いかがでしたか?「コンジュジ」は生きづらさを描く一方で、ロックスターへの妄想を通じて、最後へと向かう作品構造が秀逸な小説でした。川上未映子さんが褒めちぎっていたラストシーンをぜひチェックしてみてください!
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