新感覚の歴史ミステリーとして楽しめる小説「皆のあらばしり」(著:乗代雄介)は既にチェックされましたか?今回は本作のあらすじ紹介及び、ラストに仕掛けられた謎についての解説をいたします(ネタバレ部分は隠しています)。また筆者や読者の感想を述べる他、芥川賞の受賞予想も合わせて行っていますので、最後まで読んでみてください。
乗代雄介の小説「皆のあらばしり」とは
書名 | 皆のあらばしり |
作者 | 乗代雄介 |
出版社 | 新潮社 |
発売日 | 2021年12月22日 |
ページ数 | 108ページ (Kindle版) |
「新潮2021年10月号」に掲載されるやいなや、話題になっている小説「皆のあらばしり」(著:乗代雄介)。栃木市の皆川城址を舞台にした、ある歴史的書物の存在を追う歴史ミステリーです。
第166回芥川賞の候補作品に選出された本作。芥川賞は純文学の新人に贈られる賞で堅苦しいイメージを持たれがちですが、「皆のあらばしり」は語り手のぼくと謎の男の軽快な会話劇や、どんでん返しを含むミステリーなど、エンタメ要素を含んでおり最後まで楽しく読めます。
※「皆のあらばしり」は以下に当てはまる人におすすめ!
・新感覚の歴史ミステリーを読みたい人
・皆川城址に行ったことがある人
・話題の芥川賞候補作品をチェックしたい人
3分で分かる「皆のあらばしり」のあらすじ
高校の歴史研究部に所属するぼくは、栃木市の皆川城址にてある男と出会う。大阪弁をべらべら話す男だったが、会話する内にやたら歴史に詳しいことに気づく。ぼくは男の目的がよく分からないまま探り探りやりとりしていたが、やがて小津久足の幻の著作「皆のあらばしり」について調べたいことが分かった。
ぼくは歴史研究部の後輩の竹沢と付き合いだしたと、男に言う。竹沢と手を組んで「皆のあらばしり」の謎に迫っていく中で、ぼくは段々と男の真の目的を探っていく。そして迎えたラストで、思いもよらぬ展開が読者を待ち受ける…。
「皆のあらばしり」のネタバレ解説
「皆のあらばしり」は新感覚の歴史ミステリーとして楽しめる小説。本書の魅力や物語に隠されたトリックについて解説していきます。ネタバレ部分は隠しているので、大丈夫な方だけクリックして読んでください。
謎の大阪弁の男とぼくの会話劇がおもしろい!
大阪弁を喋る謎の男とぼくの軽快な会話劇にとにかくひきこまれます。いくつか抜粋して紹介しましょう。まずはぼくが男の目的を聞いた際に、男が答えをはぐらかした場面。
「世の中、もっとおもろないと困るやろ」
「困る?」
「前途有望な青年には、何もせんくせにおもろないおもろない言うて燻っとるうすのろにだけはなって欲しないっちゅう老婆心やがな。」
引用:「皆のあらばしり」本文より
言葉は悪いが、歴史研究に勤しむ青年に対する期待の表れが感じられます。さらに男が物知りな一面が分かった際、以下のように語るのです。
「人間、暢気なもんでなー。道を歩いてこんなことがわかるだけでも退屈はせんもんや。そういう人間をこの世に何人かでも取り戻そうとするんが、この国のためやないか」
引用:「皆のあらばしり」本文より
男が時折国を背負っているような、無駄にスケール感の大きい話をするのがおもしろいです。また何気ないやりとりでふと笑ってしまった場面がコチラ。
「けど、おもろなってきたやないか」
「おもろなってきた」
「なんやそれ」
引用:「皆のあらばしり」本文より
それまでは男が飄々とかわすような答えをしていましたが、ここでぼくの方が男の大阪弁を真似て来る不意打ち。男が「なんやそれ」と素でつっこむ感じに笑ってしまいました。
歴史のことだけでなく、ゴルフやディズニーランドの話題でも盛り上がる(?)二人。男がディズニーランドで何をしたかしつこく聞いてくる様子が可笑しく、また接待ゴルフについては
接待術はな、結局は思わぬことを覚えておいてくれたっちゅうことに尽きるんや
引用:「皆のあらばしり」本文より
と格言めいたことを残すなど、様々な角度から楽しめました。
タイトルにもある、謎の書物「皆のあらばしり」の存在とは?
物語の大きな核となっているのは、小説タイトルにもある「皆のあらばしり」という書物の存在についてです。「皆のあらばしり」は文人の小津久足が残したとされる書物です。現物が見つかっていないため、幻の書物として扱われるこの存在についてぼくは調査を進めていきます。
「皆のあらばしり」は実在するのか?ネタバレになるので、一度読んでおさらいしたい方だけ、以下をクリックして読むようにしてください。
ネタバレしていいから「皆のあらばしり」の謎を知りたい方はこちらをクリック!
「皆のあらばしり」の「あらばしり」とは日本酒を絞る際、最初に出てくる酒のこと。酒屋として栄えた竹沢屋の子孫である竹沢と、調査を進めていく。竹沢屋が一番繁盛した際に取り仕切っていたのが竹沢儀兵衛で、酒屋の運営が傾く中で彼が「皆のあらばしり」の写本を作ったのではないかという仮説にたどり着く。
自作の著書『皆のあらばしり』のただ一冊を、こっそり世に流通させようと目論んだっちゅうわけやな。
引用:「皆のあらばしり」本文より
そうして「皆のあらばしり」の在り処を捜索したところ、竹沢の家の物置にあった。そもそも男の目的は、この希少な本「皆のあらばしり」をこっそり盗んで売ることにあった。男はぼくの協力のもと、最後には「皆のあらばしり」を手に入れるのであった。
ラストに待っているどんでん返しとは?
歴史ミステリーとして楽しめる本作は、ラストに読者がびっくりするようなどんでん返しが待っています。仕掛けがよく分からなかったという人や、詳しく知りたい人は以下をクリックしてください。ネタバレになるので、まだ読んでない方は一度読んでから見るのをお勧めします。
ネタバレしていいからラストのどんでん返しについて知りたい方はこちらをクリック!
この小説には、大きな仕掛けが二つあります。
・ぼくは男に対して嘘をついていた
・語り手は「ぼく」ではなく「謎の男」の方だった
一つずつ見ていきましょう。まずは「ぼく」がいくつか嘘をついていた件。
【「ぼく」がついた嘘】
・竹沢と付き合った→実際は竹沢と付き合っておらず、ただの共同研究者
・竹沢とディズニーランドに行った→実際はぼく一人で行った
・書物「皆のあらばしり」がタンスにあった→実際は物置にあった
と、嘘をついていました。男だけではなく読者も騙された形です。しかしなぜ「ぼく」は男嘘をついたのか?ぼくは男に対して、こう打ち明けます。
「ぼくは、あんたに本当に認められるために、あんたを騙そうと思ったんだ。あんたがいつも他人に対してやるみたいにすれば、認めざるを得ないだろ」
引用:「皆のあらばしり」本文より
ぼくは男を一番すごい人間と感じていた上で、そんな男から自分も認められたいと思っていたのですね。
そして、もう一つ。語り手の件について。ずっと語り手が「ぼく」になって展開されていますが、最後に語り手が実は「謎の男」だと示されます。実は男がレコーダーで青年とのやりとりを録音しておき、後で書き起こしたものだったのです。
もともとは青年とのやりとりを愉快に書き継いでいたものでした。しかし最後に青年に嘘をつかれていたことが発覚して、思わぬ形の二人のやりとりの記録となってしまったのです。
過信と遊び心が語り手に青年を選んだせいで、その出来上がりは、私の無能ぶりを歴然と示しているようだ。「信頼できない語り手」は腐るほどあれ、「おめでたい語り手」というのは滅多にお目にかかれるものではない。
引用:「皆のあらばしり」本文より
ラストの場面で男は「皆のあらばしり」を手に入れますが、その際にも青年から一ついたずらを食います。してやられた!という男の苦笑ぶりが伝わってきて、物語は幕を閉じるのです。
「皆のあらばしり」を読んでみた感想
ここからは筆者が「皆のあらばしり」を読んでみた感想を綴ります。さらにこの記事を書いている段階では、芥川賞発表前ということで受賞予想も合わせて行います。
「皆のあらばしり」は仕掛けがおもしろい歴史ミステリー
「皆のあらばしり」の仕掛けになかなか思い付かず、最後に「やられたな」と思った読者の一人です。巧みな伏線が張られており、純文学というよりエンタメ要素の強い作品だと感じました。
とにかく引き込まれたのは、少年(文中では青年や「ぼく」)と男とのやりとりです。二人の会話がおもしろく、漫才を聞いているような印象を持ちました。声を出して笑う箇所が何度もありましたね。
また「皆のあらばしり」は「本物の読書家」の続編として読めるという情報を得ました。これまで乗代雄介さんの作品は、芥川賞候補になった「最高の任務」と「旅する練習」しか読んでないので、これを機に「本物の読書家」を読んでみようと思いました。
「皆のあらばしり」は芥川賞を受賞できるのか?予想してみた
「皆のあらばしり」が芥川賞を受賞すれば、乗代雄介さんは「三島賞」「野間文芸新人賞」と合わせて純文学系の主要三部門を抑えた「三冠」作家となります。三冠作家はここ最近増えて合計5名いますが、いずれも女性作家なので男性初の三冠作家になれるか注目です。
実際、今回の候補作家の中ではこれまで候補に選出された回数が砂川文次さんと並んで最も多く、下馬評では最注目されています。しかし実際に読んでみたところ、率直に言って「今回は難しいのかなぁ」と感じました。
【受賞が難しいと思える理由】
・純文学としての芸術性より、ミステリーとしてのエンタメ性の方が強い
・前回候補作の「旅する練習」の方が評価されそう
今作では巧みな会話のやりとりは高く評価されそうです。しかし一方で「旅する練習」にあったような、風景描写の緻密さやそれが登場人物に与える心情の変化の書き方が影を潜めている印象にあります。
芥川賞は純文学の新人に与えられる賞であり、作品の芸術性を評価する傾向にあります。その点、今作はエンタメ性の方が強く、純文学としての魅力はやや欠けるので難しいのではないでしょうか。
「皆のあらばしり」の感想・レビューまとめ
続いて、読者の方がSNSに投稿している感想をいくつかまとめました。
第166回 芥川賞候補作 乗代雄介「皆のあらばしり」
孫世代作家のあたらしい作風にを興味津々の読了
高校の歴史研究部活動で城址を訪れたぼくは博識な中年男に出会う。旧家のを謎の本の存在を追いつづける二人。淡々とした描写に時々の謎??を絶妙に感じ続け、ラストの逆転劇は心に残りました pic.twitter.com/Kx8kEEQsnQ— マダム昌子(92歳) (@madamu_masako) January 4, 2022
乗代雄介さん「皆のあらばしり」
やっぱり乗代さんしか書けない作品。
小津久足、初めて知った。
関西弁をしゃべる物知りの謎の男、気になりすぎて、面白すぎる。
そして、まんまと策略にはまって…
愉快、愉快!元気もらった。 pic.twitter.com/P5trb4PXKE— 書店員マリ (@MacchiatoMari) November 16, 2021
乗代雄介「皆のあらばしり」(in「新潮」2021年10月号)#読了
今期の芥川賞候補作。蔵書目録には確認されているが発見されていない小津久足『皆のあらばしり』という本を巡る高校生の主人公と謎の大阪弁の男との話。
紐解かれていく歴史と主人公と男との三者関係が素晴らしい。最後は笑いすぎて泣いた。 pic.twitter.com/5PKsCkhSz7— つかっちゃん読書垢@純文学ユーチューバー (@book_tsukatsu) January 5, 2022
「皆のあらばしり」乗代雄介#読了#乗代雄介
登場人物は2人だけだけど世界がどんどん広がる。
2人がひねたことを言っていてさえ、みずみずしさが漂う。そして、おもしろい。
2人がいる小高い丘の上から、
一緒になって広々とした景色を味わっているみたい。
この作者の小説が好きだと改めて感じた。 pic.twitter.com/59jaM2fAlz— バンバンチャ (@spingz8) January 9, 2022
みなさん、ラストのどんでん返しに感心されていますね。
新潮10月号『皆のあらばしり』乗代雄介 #読了
乗代さんの新作…!
これは一気読み。謎の男が良すぎる(笑)普段興味のない歴史に関するお話しだけど語りで引き込まれる。ハッとさせられることも。
後半はドキドキしながら読んだ、これはちょっと楽しめる作品すぎる皆読んで⛰ pic.twitter.com/C457gao7lz— わい (@y_93m) September 24, 2021
歴史に興味がなくても楽しく読める小説です。
まとめ:「皆のあらばしり」は
いかがでしたか?「皆のあらばしり」の特徴を以下にまとめました。
・幻の書物について迫る歴史ミステリー
・ラストのどんでん返しが心地よい
・芥川賞候補作だが、今回の受賞は難しいかも?
以上です。受賞予想もしたので、果たしてどうなるかにも注目したいですね。まだ読んでない方はぜひチェックしてみてください!
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