純文学の新人に与えられる文学賞・芥川賞。2021年上半期(1月〜6月)における第165回芥川賞の候補作が発表されました。そこでさとなり編集部では全ての候補作を読んで、どれが受賞するかを予想します。まずは候補のラインナップを紹介し、作品を読む前に評判や過去の傾向をもとに予想。その後、全作読み終わりましたので、改めて予想しなおします。
第165回芥川賞の候補作品が決定!受賞作発表は7月14日
2021年6月11日に、第165回芥川賞の候補作品が発表されました。選考会は7月14日に都内にて行われます。
そもそも芥川賞とはどんな文学賞?
芥川賞とは、純文学の新人作家に与えられる文学賞です。正式名称は芥川龍之介賞であり、1935年に菊池寛によって創設されました。これまでに松本清張、大江健三郎、安部公房など名だたる作家たちが受賞しています。
前回の第164回芥川賞は2021年1月に発表され、当時21歳の若い作家・宇佐見りんさんが受賞しました。受賞作「推し、燃ゆ」は推しと呼ばれるオタクの深層心理を巧みに言語化した作品として高く評価され、話題になりました。
第165回芥川賞は初候補が3人とフレッシュなラインナップに
第165回芥川賞の候補作は以下のラインナップです。(※表は作家名のあいうえお順)
作家名 | 作品名 | 掲載誌 | 候補回数 |
石沢麻依
(いしざわまい) |
貝に続く場所にて | 群像6月号 | 初 |
くどうれいん
(くどうれいん) |
氷柱の声 | 群像4月号 | 初 |
高瀬隼子
(たかせじゅんこ) |
水たまりで息をする | すばる3月号 | 初 |
千葉雅也
(ちばまさや) |
オーバーヒート | 新潮6月号 | 2回目 |
李琴峰
(りことみ) |
彼岸花が咲く島 | 文學界3月号 | 2回目 |
今回の芥川賞は5人中3人が初ノミネートと、フレッシュな顔ぶれになりました。しかも3人とも作家デビューしてまだ間もない時期での候補入りです。
・石沢麻依:今回がデビュー作(2021年群像新人文学賞受賞)
・くどうれいん:今回が初めての小説(普段は俳句、短歌、エッセイなどで活躍)
・高瀬隼子:2019年にデビュー(すばる文学賞受賞)したばかり
残り2人は実力者。千葉雅也さんは哲学者として既に有名な方ですが、ここ最近は小説も精力的に発表しています。『ことばと』vol.1に掲載した短編「マジックミラー」が川端康成文学賞を受賞。ベテラン・新人関係なく、その年で最も優れた短編に贈られる賞を受賞したことで、その実力は高く評価されています。
李琴峰さんは台湾生まれの作家。前回候補入りした第161回芥川賞では、受賞した今村夏子さん「むらさきのスカートの女」に続き、次点の評価でした。今回、受賞最有力と見られる作家と言っていいでしょう。
第165回芥川賞の各候補作品のあらすじ&解説を紹介
第165回芥川賞の各候補作品について、あらすじ及び簡単な紹介をします。ネタバレにならない程度でまとめたので、安心してご覧ください。また各候補作についてまとめた記事のリンクを貼っておきますので、より詳しく知りたい方はそちらもチェックしてみてください。
「貝に続く場所にて」著:石沢麻依(「群像」6月号)
【あらすじ】
私はゲッティンゲンの駅で、東日本大震災で行方不明となっていた友人の野宮を待っていた。私はゲッティンゲンで起きるいくつもの不思議な現象を通じて、九年前に起こった震災の記憶を呼び起こす。丁寧な風景描写や記憶と距離の隔たりの記述が、まるで肖像画のように描かれる。
【解説】
第64回群像新人文学賞の受賞作です。選考委員の島田雅彦さんからは「人文的教養溢れる大人の傑作」、古川日出男氏からは「清潔感がある」と評されています。
【レビュー・予想】
五感を使って描いた風景描写が秀逸で新人離れしています。新人賞でいきなり候補に選ばれたのも納得です。ただ少し要素を詰め込みすぎている節があります。群像新人賞の選評で松浦理英子氏が「小道具と雰囲気のみで弱い」と指摘していますが、どれか一つテーマを絞って深い世界観を描く方が、より高く評価されたかもしれません。
⇒「貝に続く場所にて」(著:石沢麻依)のあらすじや解説をさらに詳しく知りたい方はこちらの記事も要チェック!
「氷柱の声」著:くどうれいん(「群像」4月号)
【あらすじ】
盛岡の高校に通う私は、東日本大震災を経験した。大きな被害を被った訳ではない私は、被災者としてどう生きるか、自分には何ができるかを考える。震災からの十年間を通じ、さまざまな被災者の経験や境遇を聞きながら、想いを紡いでいく。
【解説】
会社員の傍ら、歌人やエッセイストとして活躍するくどうれいんさん初の小説。盛岡市在住の作家が震災発生後10年を機に書き上げた作品です。
【レビュー・予想】
意図的にひらがなを用いた文章や、効果的なオノマトペなど、詩的表現に優れています。盛岡在住の作家が震災に真っ向から対峙して描いた点も好感が持てます。ただし物語の進行に際して、登場人物が都合よく書かれすぎて一種のルポのようになっているのはややマイナス評価に繋がるかもしれません。
⇒「氷柱の声」(著:くどうれいん)のあらすじや解説をさらに詳しく知りたい方はこちらの記事も要チェック!
「水たまりで息をする」著:高瀬隼子(「すばる」3月号)
【あらすじ】
夫が風呂に入らなくなった。カルキ臭が苦手だという夫はシャワーの水を浴びるのを拒み続ける。夫の職場では匂いがハラスメントになっていると義母を経由して知らされる。夫は雨に打たれ、そして妻の故郷にある川の水浴びをするようになって…。
【解説】
すばる文学賞を受賞し、まだデビュー2年目での候補入り。書評家の倉本さおりさんが絶賛していた小説です。夫が風呂に入らなくなったテーマから社会との関わり方、夫婦観などに深く切り込んでいます。
【レビュー・予想】
夫が風呂に入らなくなったという着想だけで、物語を最後まで引っ張る推進力が見事。都会で暮らす際に感じるよそよそしさがよく表現されていて、そこには筆者が社会に感じている怒りのエネルギーを感じます。ただ妻の会社での扱いや、義母との関係性にやや既視感があり、もう少し新しい視点で社会問題を対比させたが良いという意見も選考会では出そうです。
⇒「水たまりで息をする」(著:高瀬隼子)のあらすじや解説をさらに詳しく知りたい方はこちらの記事も要チェック!
「オーバーヒート」著:千葉雅也(「新潮」6月号)
【あらすじ】
四十歳になり哲学者で作家の僕は、大阪で暮らしている。男性の恋人との先が見えない生活、すんなり馴染めない行きつけのBAR、Twitterでの発信など、日常のあらゆる場面で、僕には言語の壁が常にまとわりついていた。
【解説】
哲学者・千葉雅也による私小説(?)とも捉えられそうな、純文学作品です。芥川賞候補となった前作「デッドライン」の続編として読めます。川端康成文学賞を受賞し、今最も注目されている作家の一人です。
【レビュー・予想】
小説というよりも哲学書のようだと指摘された前作と比べ、今回はしっかりと純文学然とした仕上がりになっています。ただそれが小さくまとまったと批評される恐れも。「言語の壁」と書かれているため、選考委員たちの中で勝手にハードルが上がってしまい、そこをクリアできてないと思われるかもしれません。
⇒「オーバーヒート」(著:千葉雅也)のあらすじや解説をさらに詳しく知りたい方はこちらの記事も要チェック!
「彼岸花が咲く島」著:李琴峰(「文學界」3月号)
【あらすじ】
少女が流れ着いたのは、〈ニホン語〉と〈女語〉が使われ、ノロと呼ばれる女性が統治する不思議な島だった。記憶を失くした少女は、そこで言語を習得し、ノロになることを命令される。
【解説】
台湾生まれの作家・李琴峰さんの小説。日本語の歪さを問題提起しながら作る物語に定評があります。芥川賞は二度目の候補です。今回は架空の島を舞台にした物語となっています。
【レビュー・予想】
現実離れした設定がされている作り話が芥川賞候補作になるのは珍しいです。ただし主人公たちが言語を覚える際の発見や楽しさは、この作家ならではの特長がよく出ていて好意的に見られるではないでしょうか。現代社会を風刺している点がどう評価されるかが、受賞のポイントだと思います。
⇒「彼岸花が咲く島」(著:李琴峰)のあらすじや解説をさらに詳しく知りたい方はこちらの記事も要チェック!
【※追記※】全作品読み終わったので、改めて予想します!
全作品を読んで、各作品のレビューや予想をしてきました。改めてまとめていきます。
今回は抜きんでた作品がなく、予想が難しいところです。ただ受賞作なしとまではいかないでしょう。どれか一作は受賞作が出るかと思います。
震災十年の年ですが、東日本大震災を扱った二作品(「貝に続く場所にて」と「氷柱の声」)はやや厳しいでしょうか。テーマに対して、どちらも作品がお利口すぎる印象があります。
「水たまりで息をする」は面白い幻想譚で、高く評価する選考委員がいそうです。しかし過半数の票を集めるかというと微妙なところ。
最も純文学らしい作品で、近年高い評価を受けている千葉雅也さんの「オーバーヒート」。言語習得の楽しさや島独自の掟で現代社会を風刺している李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」。このどちらかが受賞しそうです。オリジナリティーという意味では、「彼岸花が咲く島」の方がやや優勢でしょうか。
◎大本命:「彼岸花が咲く島」著:李琴峰(「文學界」3月号)
◯対抗:「オーバーヒート」著:千葉雅也(「新潮」6月号)
△大穴:「水たまりで息をする」著:高瀬隼子(「すばる」3月号)
【オマケ】全作品読む前にも受賞作を予想してました
まだ全作品を読んでないので、予想しづらいですが、前評判で言うと李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」が最有力だと言えます。
千葉雅也さんは前作「デッドライン」が小説というより哲学書のようだと評されており、今作もあらすじを見た限りではそのような雰囲気がありそうなので、やや不利かと。
また今回は震災をテーマにした作品が二作候補入りしました。震災発生後10年を迎える本年。東北大震災をテーマに扱った作品では第157回芥川賞を受賞した沼田真佑「影裏」がありますが、それに続き受賞なるかといったところです。震災をテーマにした作品二つを比べると、「貝に続く場所にて」著:石沢麻依の方が有力だと思われます。
◎大本命:「彼岸花が咲く島」著:李琴峰(「文學界」3月号)
◯対抗:「貝に続く場所にて」著:石沢麻依(「群像」6月号)
△大穴:「オーバーヒート」著:千葉雅也(「新潮」6月号)
発表は7月14日!発表を受けて、また記事更新します
いかがでしたか?今回は受賞予想が難しかったです。
⇒こちらの記事で直木賞の受賞予想もしています。(こちらは受賞発表前に全作品読み終わりませんでした…)
7月14日の発表を受けて、また記事更新致します。果たして受賞予想は当たるのでしょうか?
コメント
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