哲学者が書いた本格的な純文学作品「オーバーヒート」(著:千葉雅也)。第165回芥川賞候補作に選ばれ、世間の評価ではこの作品を受賞予想としている声が多くあります。そんな「オーバーヒート」ですが、あらすじが分かりづらいという方のために、物語の本筋をまとめました。ネタバレにならない部分と、ラストにかけての詳しいあらすじとで分けて書いてますので、まだ読んでない方も既に読んで物語を整理したい方にも読みやすい構成にしています。作品自体の分かりやすい解説や、読者の感想も併せてまとめています。
千葉雅也の小説「オーバーヒート」とは
書名 | オーバーヒート |
作者 | 千葉雅也 |
出版社 | 新潮社 |
発売日 | 2021年7月9日 |
ページ数 | 185ページ |
「オーバーヒート」は、哲学者として既に有名な作家・千葉雅也さんの小説です。小説デビュー作である「デッドライン」の続編としても読めます。前作に続き、今作も芥川賞の候補作となり、下馬評では受賞作として予想する声が多いです。
千葉雅也本人の私小説(?)とも捉えられそうな「オーバーヒート」。大学准教授であり、作家としても活躍する主人公の「僕」が、言語について考えながら大阪での日々を過ごす様子が綴られています。
※「オーバーヒート」は以下に当てはまる人におすすめ!
・前作「デッドライン」が好きで続きが気になってた人
・今、大阪に住んでいる人や大阪の土地柄や街並みが気になってる人
・言葉の一つ一つによく引っ掛かりを覚える人
3分で分かる「オーバーヒート」のあらすじ【※ネタバレなし※】
僕は栃木県宇都宮市生まれ。15年間にわたる東京での学生生活を経て、京都の私立大学で准教授になった。ただし、住んでいるのは大阪だ。哲学者として原稿を書いたり、日々の想いをTwitterに呟いたりなどして、日々を過ごしている。
僕には男性のパートナー・晴人がいる。僕はTwitter上でカミングアウトしているが、それはあくまで単純化して「自分は〜〜だ」と定義されるのが嫌だったからだ。また昨今の LGBTを支持さえすればよいという風潮にも疑問を持っている。
このように僕は「言葉」に対してとても鋭敏になっている。僕は言葉に包囲されているのだ。喫茶店で詐欺の投資話をしている男性やレストランで愚痴を言うおばさんなどの言葉にも敏感に反応し、言葉の本質を知るべきだと思っている。また「放置自転車」についても「自由駐輪」だと呼ぶべきだと考えている。
新たな言葉をでっちあげて社会問題化する連中に対抗して、そんな言葉をそもそも認めないという闘いが必要なのである。
引用:「新潮6月号」16ページ
僕は言語の雨に降られながら、パートナーの晴人との生活、常連のバーの店員や客との交流、栃木にある失われた生家への訪問などを通じて、自分を見つめ直していく。
【※ネタバレあり※】「オーバーヒート」のラストまでの詳しいあらすじ
※※以降はネタバレを含みます!ネタバレしていいからラストまで詳しく知りたい方はこちらをクリック!
僕は招待された授賞式で、自分に対して先日Twitterで否定的なコメントをして絡んできた男性・小野寺と会う。僕は思いきって小野寺に件のTweetの件を問い詰めようとするが、その後の言葉が続かない。自分は敗北したのだと悟る。
僕は授賞式の帰りに久々にウリ専(ゲイ専門の売春店)へ行く。晴人とは挿入を伴わないじゃれあいのような性行為をしていたが、ウリ専で会った男とは激しく挿入されるプレイをする。
それからしばらく経ったある日、僕は晴人とたまたま街で出くわす。晴人は女性と一緒に天神祭へ行っていた。LINEでそのことを問い詰めると、痴話喧嘩のような会話になる。40歳になった僕は年下の晴人といつまで一緒にいれるか、不安な気持ちが拭えない。
八月頭に僕は沖縄へ行った。高級ヴィラに泊まった際に、プール、海、空一面に広がる青を見て、「インフィニティ・ブルー」という言葉を思い浮かべる。文法が変だと思案するが、次第に今の自分の境遇と重ね合わせて、ただ自分の今の状況を弁護しているだけだと気づく。
僕は失われた生家の「大きな白い家」を訪ねた。生家では幽霊の存在を感じつつ、過去の記憶を辿る。その後同級生の実家へと行く。代々持っている土地を発電所にして生計を立てている友と自分を比較し、確約されていない自分の未来ややがて来る死を想う。
大阪に戻ってきた僕は行きつけのBARへ行く。それまでは常連たちと距離を置き、発言も遠慮気味だったが、初めて本音をぶつける。常連たちとダーツやテキーラの一気飲みをして、意外な面白さに気づく。
最後は僕と晴人が居酒屋で一緒に飲んでいるシーン。それまでどこかよそよそしい態度をとっていた僕だったが、初めてちゃんと「今夜泊まってけば?」と誘った。僕の内面的変化が感じられた場面で、物語は幕を閉じた。
「オーバーヒート」のネタバレ解説|筆者の主張やタイトルの意味は?
「オーバーヒート」のあらすじをまとめてきましたが、「で、筆者は何を言いたかったの?」とやや混乱気味の読者もいるでしょう。そこでここでは、さとなり編集部で読み解いた中で感じた、筆者の主張や作品タイトルの意味について解説します。
純文学はいろんな捉え方がしやすい側面があるため、読み方はこの限りではありません。またどこか大きな読み間違いをしている箇所もあるかもしれません。しかし一つの作品の捉え方として、読者の参考になればと思って書いてまいります。
筆者の主張は何?言語に対する捉え方の変化が物語の軸となっている
先ほどあらすじを書きましたが、本小説を大まかにまとめると以下のような流れで物語が進んでいると分かります。純文学作品にしては珍しく、起承転結がわりとハッキリしている物語なのです。(かなり大雑把にまとめているので、多少の語弊はあるかもしれません)
※※以降はネタバレを含みます!ネタバレしていいから詳しい解説を知りたい方はこちらをクリック!
大阪での生活で言葉の壁を感じながら、あれやこれやと思案する。
恋人との関係も少しなあなあになっている。
→自分のTweetに絡んできた人に抗議しようとするがうまくいかない
→やや自暴自棄になり、東京のウリ専で激しい挿入プレイをして破滅しようとする
→恋人が女性と夏祭りに行っているのに遭遇し、激しく嫉妬する
→沖縄に一人で行き、一面ブルーの大自然に触れて吹っ切れる
→失われた生家へ行き、過去の記憶が蘇る(自分の原点に立ち返る)
→大阪のBARで常連たちに本音をぶつけ、自分の壁を破る
→恋人にも遠慮なく、自分の気持ちを言えるようになる
このような軌跡を辿ることで、主人公の僕には内面的変化がありました。物語冒頭と最後を比較すると、それがよく分かります。
冒頭では
泊まってけば、と僕は訊こうとした。
(中略)
断られるなら言わない方がマシだ。
引用:「新潮6月号」8ページ
とあるのに対し、ラストの描写では
僕は少しのあいだ考えていた。そして「今夜泊まってけば?」と誘った。
引用:「新潮6月号」83ページ
とあるように、思慮深いところはあるものの、自分に正直に言葉を伝えようとしている姿勢が見てとれます。
要するに、この物語を通じて内面成長していく主人公の姿が一つの読みどころであると言えるでしょう。
タイトルにある「オーバーヒート」とは?どんな意味?
小説の中で「オーバーヒート」のフレーズが出てくる箇所は2箇所。
・20歳か21歳の頃に、東京から栃木へ帰省する途中に古い外車が起こした「オーバーヒート」
・同級生が運営する発電所を訪ねた際に感じた、論理が飛躍しているという意味での「オーバーヒート」
最初の車の異変である「オーバーヒート」の描写は、先述したあらすじにおいて、沖縄へ行った場面と、栃木の生家を訪れる場面との間で、僕の回想として描かれています。
この描写は、僕が言語に対しての捉え方に変化があったという一つの分岐点を意味しているかもしれません。前述した物語の流れの中で、筆者の内面的変化を表現する上でかなり効果的なエピソードになっていると言えます。
同様に発電所を訪ねた際に感じる「オーバーヒート」についても、筆者が考えを吹っ切れるようになる一つのきっかけとなった考え方だと言えます。具体的に引用して解説します。
太陽がすべてーーー本当にそれだけが真理で、降り注ぐ太陽エネルギーを我が身ひとつに浴びるだけでカネが生じるなら、どこでも生きていけてどこで死んでもいい。だがそれは、論理がオーバーヒートした抽象論なのだ。
引用:「新潮6月号」76ページ
とあるように、同級生の友人が実家の土地でソーラー発電しているのを見て、極論を唱えた後に、自分でツッコミを入れます。その後、主人公の僕はある結論に至るのです。
人は抽象的な「点」じゃない。体がある。肉体が。かさがある。
引用:「新潮6月号」76ページ
ここでいう「かさ」は嵩のことで、ものの大きさや量を表しています。この結論に至ることで、僕は考え方を徐々に変えていくのです。つまり、この「オーバーヒート」に関する記述は、本小説において重要な意味を持っていると言えます。
著者が描く大阪のイメージとは?主人公の内面を反映した描写に注目
主人公の僕は現在大阪で生きていますが、生まれた街の栃木県宇都宮市、上京した際に住んでいた東京、夏に一人で訪れた沖縄など、物語に登場する舞台は変わります。その度に、その土地を丁寧に描写しているのが特徴です。
筆者は現在住んでいる大阪を10年前の東京のようだと感じています。高層ビルが多くて近代化しているものの、全てが整理されているわけではない雑多な雰囲気を残しているところが、筆者のパーソナルな一面とよく重なり合うのです。
大阪一のメインストリートが一方通行だと知って愕然とした。なんと面倒な!
(中略)
大阪は、行き先が無理強いされる迷路だった。
引用:「新潮6月号」37ページ
このあたりもどこか作者の内面を反映させているようにも思えます。
SNSに寄せられた「オーバーヒート」の感想まとめ
最後に「オーバーヒート」を読んだ方の感想をまとめました。
#オーバーヒート #千葉雅也 #読了
いかにも芥川賞候補作!という感じだった。都市や風景や性や家族の書き方とか主人公の内省とかが羽田圭介遠野遥古川真人岸政彦を読んでる時の感触が思い出されてしまって…。似たものに見えてしまうことで自分の読みに自信がなくなる….。https://t.co/n2v1BR1rK8— さや@本読み (@passepartouuuut) July 13, 2021
『オーバーヒート』(千葉雅也)
「書くとは一体何をしているのか」を、新書やツイッターや会話の言葉を通して、新米文系研究者の主人公が探る小説。文章がいい。小説の間合いのとり方が好み。今日のスペースでも話しましたが、個人的芥川賞推しはこちらですね…。#1日1冊紹介https://t.co/T1rYMeFCiM— 三宅香帆 (@m3_myk) July 11, 2021
近年の芥川賞受賞作と照らし合わせて読んでいる方もいました。芥川賞受賞予想を立てている人も多かったですね。
~批判者をわざと苛立たせるためにそんなツイートをしてやりたい。などと言葉がこんこんと湧いて顔がカッカしてくる。それは性的興奮にも似ている。
私小説のよう。ほんとのところはわからないけど。
芥川賞候補作『オーバーヒート』(千葉雅也)
川端康成文学賞受賞作品『マジック・ミラー』も収録。 pic.twitter.com/aD2w36vZUS— 清風堂書店 (@seifudosyoten) July 12, 2021
作家本人のことを書いている私小説のようにも読めますね。
千葉雅也「オーバーヒート」読了。言葉と性の絡み合ったあり方についてこれほど活き活きと感じさせる(考えさせられる、だけではない)ことができるとは。あと、作者を投影していると思われる主人公が純然たる「ポモ」(作中の謂)っぽいのに田舎の農家で他の空間とは異質な時間を過ごすのが意外な展開。
— 団結小屋 (@inugoyabutagoya) July 12, 2021
まとめ:「オーバーヒート」は哲学者が書いた紛れもない純文学作品だった!
いかがでしたか?「オーバーヒート」の特徴を以下にまとめました。
・「デッドライン」の続編として読める
・私小説のような味わい
・第165回芥川賞候補作に選出
・言語の捉え方の変化とともに、主人公の内面的成長が感じられる
以上です。評価の高い小説なので、まだ読んでない方はぜひチェックしてみましょう!
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