3分で分かる「水たまりで息をする」(高瀬隼子)のあらすじ&ネタバレ解説・感想まとめ【第165回芥川賞候補作】

「夫が風呂に入っていない。」という印象的な書き出しで始まる小説「水たまりで息をする」(著:高瀬隼子)。第165回芥川賞の候補作に選ばれたこの作品のあらすじをまとめました。平易な日本語で書かれていて読みやすいのですが、一方で「結局何が言いたいの?」「ラストはどうなった?」との声も聞こえてくる本小説。ここでは多少のネタバレを含む解説(考察)を書くので、読む際の参考にしていただけると幸いです。また読者の感想も併せて紹介します。ぜひ最後まで読んでみてください。

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高瀬隼子の小説「水たまりで息をする」とは

書名 水たまりで息をする
作者 高瀬隼子
出版社 集英社
発売日 2021年7月13日
ページ数 144ページ

文芸誌「すばる」の2021年3月号に掲載された小説「水たまりで息をする」。2019年に「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞した高瀬隼子(たかせじゅんこ)さんのデビュー二作目となる小説です。

夫が風呂に入らなくなる話」の着想だけで話が膨らみます。夫婦を中心に、間接的にしか出てこない会社の人間や、義母や実母などを巻き込んで物語は展開します。

※「水たまりで息をする」は以下に当てはまる人におすすめ!
・日常生活で当たり前とされる行動に密かに疑問を抱いている人
・都会で過ごす際によそよそしさを感じている人
・幻想が入り混じった不思議な読み心地の小説を求めている人

3分で分かる「水たまりで息をする」のあらすじ

衣津実はある日、夫の研志が風呂に入っていないことに気づく。研志が言うには水がカルキ臭くて入れなくなったと。衣津実はペットボトルの水を浴びるように勧めるが、しばらくして研志は雨の日に水に打たれに行くようになる。

衣津実は田舎生まれの自分と、東京育ちの夫とを比べながら、現在の生活を踏まえて都会に住む人々のよそよそしさを感じる。夫が雨に打たれている間に、衣津実は心の病気に関する病院を何気なく探すも、それきり何も特に対応はしなかった。

夫の姿を見るうちに、衣津実はかつて飼っていた魚のことを思い出す。台風で氾濫した際にできた水たまりにいた魚で、台風ちゃんと名付けていた。台風ちゃんは大した世話をしていなかったにもかかわらず、しぶとく生きた。

ある日義母から電話がかかってきて、夫の職場で体臭が問題になっていると間接的に聞かされる。もともと義母からは夫婦生活を「おままごと」だと称されていい気はしていなかったが、今回の件を機にさらに義母とは距離を置くようになる。

夫は退職して、衣津実の実母の地元へ移住する。空き家となっていた祖母の実家で夫婦は新生活を始める。夫は近くの川で水浴びをするのが日課となる。豪雨で川が増水したと警報が発令している中、夫の姿が無いことに気づく。

「水たまりで息をする」のネタバレ解説

「夫が風呂に入らない」ことによって起きる物語で、ストーリーはわりと単純なのですが、ラストシーンの解釈や、そもそも作者が伝えたかった主旨は何なのか、分かりづらい点があります。

読者の受け取り方によって如何様にも捉えられる小説のため、敢えて解説するのは野暮かもしれません。いろんな考察があって良いかと思いますが、ここではできるだけ作者本人のインタビューや書評家の方々による意見を参考にしながらまとめていきます。

【参考にした資料やサイト】
・「群像2021年4月号」における創作合評(野崎歓氏・小澤英実氏・水原涼氏)

・「文藝2021夏号」における「はばたけ!くらもと偏愛編集室」(倉本さおり氏)

高橋源一郎×高瀬隼子インタビュー

ラストの場面で夫はどうなったの?最後の描写の意味は?

あらすじでほぼ全て紹介していますが、ラストの場面はネタバレになるので隠してました。以下は、ラストについてネタバレを含む言及をしていますので、隠しコマンドで書いておきます。

ネタバレしていいからラストについて詳しく知りたい方はこちらをクリック!

ラストは川が増水して、夫が行方不明になるところで終わります。気になるのはその際の妻・衣津実の行動です。家に帰ってすぐは夫のことを必死に探している姿が描かれますが、三日後雨がおさまった時には不思議な行動に出ます。

大きな水たまりにいた一匹の魚を見つけ、持って帰って風呂場に浮かべようと想像します。「帰ったらお風呂に入ろう」と彼女は思うのでした。

ラストの不思議な言動はどんな意味を表しているのか?「群像2021年4月号」における創作合評でもこの言動は謎だと議論されていました。

筆者なりの見解ですが、ラストで衣津実は水たまりにいる一匹の魚を夫に見立てているのではないかと考察します。

川の水と違って、流れのない水たまりの水はほんのりあたたかかった。
「ここにおったら、死んでしまうね」
引用:「群像2021年6月号」152ページ

との描写から、衣津実が風呂を思い浮かべるラストに繋がっていきます。夫のことを最後まで見守れなかった気持ちをこの魚に託していると捉えることができるのではないでしょうか?

風呂に入れない夫や台風ちゃんは何かの隠喩(メタファー)なのか?

風呂に入れない夫や、台風でできた水たまりから拾われて生き延びた魚の「台風ちゃん」は、何かの隠喩(メタファー)となっているのでしょうか?

そもそも読者の認識として、風呂=安心できる場所というのが、前提にあると思います。しかしその風呂すらも「水が臭い」という理由で恐怖を感じる場所になり得るのです。この安心できるような場所でうまく生きられない夫と、過酷な環境でも生きのびた台風ちゃんは、何とも対照的に描かれています。

第一章が「風呂」、第二章が「雨」、第三章が「川」からなる本小説は、そういった安心できると思った場所が根底から覆されていく点で共通しています。

・風呂:読者の共通認識として安心できる場所→水が臭くて入れなくなる
・雨:安心して水浴びできる場所→他人の目が気になってしまう
・川:他人の目を気にせず水浴びできる場所→増水して危険な場所に

といったように。これは作品の他の描写にも共通する点があります。

・夫の職場での関係性:後輩から水をかけられる、ハラスメントだと揶揄される
・妻の職場での関係性:流産でもしたかと無神経に上司から尋ねられる
・義母との関係性:おままごとのような夫婦生活だと言われる
など。

このように当たり前のように生きていくべき場所が、過酷な環境になりかねないこと。つまり夫はそんな現代社会が生み出した声なき犠牲者とも言えます。風呂に入らないでも生きていける夫は、社会の目を気にしないで生きていける存在だったのに、社会がそれを許してくれなかったのではないかと。そんな中、妻だけは真の理解者として寄り添おうとしています。(それは最後、夫がいなくなった場面で後悔の念として描かれます)

夫は風呂に入らない人だった。風呂くらい入らなくてもいいよと、彼女はほんとうに思うことができたのに、ほんとうにそう思っているのだと、夫に伝えることはできなかった。
引用:「群像2021年6月号」152ページ

このような夫婦に対して対照的に描かれる台風ちゃん。特に面倒を見なくてもタフに生きた台風ちゃんの生命力が強く描かれています。

ズバリ作者が言いたかったことは何なのか?

上記は倉本さおりさんの投稿です。この「気づく/気づかれる」という感覚が一つのテーマになっていますね。

作者の高瀬隼子さんはすばる文学賞を受賞した際のインタビューの中で、女性として怒りを感じることがあり、その怒りを創作に活かしていきたいと述べていました。本小説でも職場で無神経な発言をするなど、周囲が夫婦を社会から排除するかのような構造に、作者が持つ確かな怒りを感じます。

風呂に入らない夫の存在で、夫婦と社会との隔たりを鮮明にあぶり出しているところに、この作品の魅力はあります。

SNSに寄せられた「水たまりで息をする」の感想まとめ

SNSに寄せられた「水たまりで息をする」の感想をまとめました。この作品は芥川賞の候補作に選ばれているため、全候補作を読んだ上で他の候補作と比較して感想を述べている意見もありました。

まとめ:「水たまりで息をする」は夫が風呂に入らない着想から意外な広がりを持つ小説だった!

いかがでしたか?「水たまりで息をする」の特徴を以下にまとめました。

・デビュー二作目にして芥川賞候補作に選出される
・「夫が風呂に入らない」という着想だけで物語は展開する
・夫婦と社会の隔たりや距離感の描き方が秀逸
・ラストの描写の意味が如何様にも捉えられて面白い

以上です。作品自体は難しい表現は出てこずにすんなり読める内容となっていますので、まだの方はぜひチェックしてみてください。

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