第170回芥川賞の選考会が2024年1月17日に行われ、同日受賞作が発表されます。今回は事前に発表された候補作を全て読み、どの作品が受賞しそうか予想します。各作品のあらすじと講評を述べた上で予想しているので、受賞作発表前にぜひチェックしてみてください。
そもそも芥川賞とはどんな文学賞?
芥川賞は日本を代表する文学賞の一つ。年に2回(1月と7月)選考会が行われています。対象となるのは、新人作家の純文学作品。日本文学振興会が主催しています。これまでの主な受賞者は石原慎太郎、村上龍、松本清張、小川洋子、川上弘美などです。
受賞作品は話題になりやすく、お笑い芸人の又吉直樹さんが「火花」で受賞した際は大きな話題となりました。また第164回芥川賞受賞作となった宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」が、好きなアイドルを推している者の心情を表していると高く評価され、2021年で最も売れた小説となりました。
最新回の第169回芥川賞は市川沙央さんの「ハンチバック」が受賞。重度障害者の作者が書いた当事者小説としても注目され、生々しい描写や痛烈な社会風刺が話題となりました。
第170回芥川賞受賞予想|
第170回芥川賞の候補となったのは、以下の五作品です。(並びは作家名の順)
作品名 | 作家名 | 掲載誌 | 候補回数 |
迷彩色の男 | 安堂ホセ | 文藝秋号 | 2回目 |
Blue | 川野芽生 | すばる8月号 | 初 |
東京都同情塔 | 九段理江 | 新潮12月号 | 2回目 |
猿の戴冠式 | 小砂川チト | 群像12月号 | 2回目 |
アイスネルワイゼン | 三木三奈 | 文學界10月号 | 2回目 |
唯一初めて候補となったのが、川野芽生さん。現在、東京大学大学院の博士課程に所属する作家です。すばる8月号での特集「トランスジェンダーの物語」の中の一作として掲載された作品がノミネートされました。
2回目の候補となった作家の中で、最も期待されているのは九段理江さんかもしれません。「しをかくうま」で第45回野間文芸新人賞を受賞しており、前回候補となった「Schoolgirl」も二番手の評価だったので、今作での受賞に注目が集まります。
前回評価が高かったという意味でいうと、小砂川チトさんも同様です。「家庭用安心坑夫」は選考委員の小川洋子さんが特に高く評価していました。現実と妄想が入り混じった世界観が魅力の作家で、今作も意欲作となっています。
安堂ホセさんも三木美奈さんも第一回の候補作は、新人賞受賞作でした。安堂さんはブラックミックスやゲイを取り扱い、三木美奈さんはどこか憎めない人物を主人公として描くというところで、特徴のある作家です。
各候補作のあらすじと講評
ここからは芥川賞候補になった各作品のあらすじを紹介します。また各作品の講評も合わせて行います。
「迷彩色の男」安堂ホセ(『文藝』秋号)
【あらすじ】
クルージングスポットで直前まで性交していた男・いぶきが何者かから重傷を負った。ブラックミックスの私は、いぶきとの出会いを振り返りつつ、事件を辿っていく。すると、その背後に「迷彩色の男」が浮かびあがってきた。
【講評】
後半から登場してくる迷彩色の男に不気味な存在感があり、関心を持った。前作「ジャクソンひとり」より多重的な読みができるようになったが、文章の勢いやストーリーのおもしろみは削がれてしまった感もある。
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「Blue」川野芽生(『すばる』8月号)
【あらすじ】
真砂が所属する高校の演劇部で「人魚姫」のオリジナル脚本を演じることになった。もともと男性として生まれながらも、女性として生きようと思った真砂。しかし、大学進学後に気になる女性ができたことで、女性で生きるのをやめ、名前も真砂から眞青へと変えた。
【講評】
トランスジェンダーならではの視点や、「人魚姫」についての指摘や言及を興味深く読んだ。ただ、女子大学生・葉月とのやりとりがやや不完全燃焼で終わってしまった感がある。また序盤にある(暗転)を含めて物語全体の構成が奏功しているかも疑問だ。
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「東京都同情塔」九段理江(『新潮』12月号)
【あらすじ】
建築家の牧名沙羅は、「シンパシータワートーキョー」の設計を請け負った。「ホモ・ミゼラビリス」と呼ばれる犯罪者が生活するための塔だ。牧名が出会った友人・東上拓人は、その塔のことを「東京都同情塔」と呼んだ。
【講評】
全候補作の中で最も複雑なことに挑戦している意欲作だ。主人公の生成AIを巡るやりとりは、特にユーモラスで引き寄せられた。ただ、犯罪者が生きる施設という設定も重なり、人間が生きる条件についての問いまで加わったことで、やや詰め込み過ぎな印象もある。
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「猿の戴冠式」小砂川チト(『群像』12月号)
【あらすじ】
レース中にトラブルを起こし炎上した競歩選手のしふみは、動植物園にいたボノボのシメノをおねえちゃんだと思い込む。二人にしか通じないコミュニケーションをとる中、シメノが動植物園を脱走して……。
【講評】
しふみとシメノがシンクロしていく様子が見事で、多様な切り取り方や優れた言語感覚で唯一無二の小説を構築している。ただ前半がシメノの視点で、しふみが競歩選手という取っ掛かりが少なく読者にやや不親切な点や、現実と妄想の書き方が近すぎて意外と小さくまとまってしまった感じがするのが懸念材料か。
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「アイスネルワイゼン」三木三奈(『文學界』10月号)
【あらすじ】
フリーのピアノ講師の琴音は、仕事も恋もうまくいかず、うだつが上がらない日々を送っていた。そんな中、友人からクリスマスイブに伴奏の仕事を紹介される。それは踏んだり蹴ったりな2日間の始まりだった。
【講評】
全候補作の中で、個人的に最も好きな作品だった。主人公の琴音は自分が差し出した愛情をストレートに受け取ってもらえず、徐々に壊れていく。その心情を丁寧に追いながら物語が進んでいく点が秀逸だった。ただ会話文が多すぎる構造や、ラストのやや安直なメタファーや定型的な展開を指摘される可能性がある。
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受賞予想:大本命は九段理江さん「東京都同情塔」か
全作品の講評をふまえ、今回の芥川賞の受賞を予想をすると、本命は九段理江さんの「東京都同情塔」。個人的には三木美奈さんの「アイスネルワイゼン」を推したいのですが、選考会で評価されにくいのかなと感じてしまいました。
◎(本命):九段理江「東京都同情塔」
◯(対抗):三木美奈「アイスネルワイゼン」
△(大穴):小砂川チト「猿の戴冠式」
受賞作発表は1月17日。また発表後に記事を更新いたします!
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