芥川賞受賞作「推し、燃ゆ」が大ベストセラーとなった、宇佐見りんさんの最新作が「くるまの娘」。今回はこの小説のあらすじを紹介する他、筆者の感想や作品の魅力の考察などをまとめました。日本文学における傑作とも呼べる今作をぜひチェックしてみてください。
宇佐見りんの小説「くるまの娘」とは
書名 | くるまの娘 |
作者 | 宇佐見りん |
出版社 | 河出書房新社 |
発売日 | 2022年5月11日 |
ページ数 | 160ページ |
「推し」の炎上に翻弄される若者の姿を丁寧に描いた小説「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞した、作家・宇佐見りんさん。今回紹介する「くるまの娘」は芥川賞受賞第一作であり、雑誌「文藝 2022年春号」に初出掲載時から既に話題になっていました。
暴力をふるう父と、精神障害で悩む母と三人で暮らす高校生が主人公。祖母の葬式のために父の実家へと向かう二泊三日の車中泊の旅を中心に描き、家族のあり方を問う小説となっています。
【特設サイトオープンしました】
告知ばかりで申し訳ないのですが!
なんと『くるまの娘』特設サイトがオープンしています。すごい……。
書店員さんからいただいた感想をはじめ盛り沢山で本当にすてきなサイトになっています。ぜひ見ていただけたらうれしいです(り)https://t.co/P1advy6kDb— 宇佐見りん 第三作『くるまの娘』単行本5月12日発売 (@rinrin_usami) May 13, 2022
※「くるまの娘」は以下に当てはまる人におすすめ!
・親からの自立を真剣に考えている人
・「推し、燃ゆ」が好きだった人
・若い作家の感性が溢れる小説を読みたい人
3分で分かる「くるまの娘」のあらすじ【※ネタバレなし※】
高校生のかんこは、怒ると暴力をふるう父と、脳梗塞の後遺症で記憶障害に悩む母と三人で暮らしている。兄と弟は結婚や進学を機に家を離れていたが、祖母の葬式に参加するために久々に再会することとなった。
父の実家へ向かうため、かんこ達は車中泊の旅をする。かつて家族旅行でよく車中泊をしていたことを思い出した母は、「いいね、たのしいね」とはしゃぐ。しかし感情の起伏が激しい母は些細なことで傷つき、かんこ達の旅は険しいものになっていく。
車中泊を通して、かんこは流れる風景を眺めながら、自分たちの家族について考えをめぐらしていく。合格発表の時に家族で泣きながら抱き合い、「本気で親を守らなければ」と感じたことなど、かつての思い出を反芻する。
また、かんこはかつて家族に傷つけられたことがある反面、自分が家族を傷つけたことがあったと思い出す。距離ができた兄夫婦や弟とのやりとりなどを通じ、かんこ達は一体どこへ向かうのか…。
「くるまの娘」のネタバレ解説&考察まとめ
ここからは「くるまの娘」のさらなる魅力を深掘りしていきます。
タイトル「くるまの娘」に隠された意味とは?
タイトルの「くるまの娘」はいろんな意味合いを持っている抽象的な表現かと思いますが、小説を最後まで読んでいくとはっきりした意味があることに気づかされます。その点はネタバレを含むので、以下に書き記します。
ネタバレしていいからタイトルの意味について詳しく知りたい方はこちらをクリック!
祖母の葬式へ向かった車中泊の旅から帰ってきたかんこは、そのまま車の中に寝泊りする生活を続けます。そこだと不思議に落ち着くことができ、そのまま学校に通えるようになってくるのです。この車の中で生活する行動自体が小説のタイトル「くるまの娘」の意味するところだと考えられます。
ただしこの小説は家族のあり方を問う作品であり、車で移動していく中で流れゆく風景をみながら自分たち家族のことを思います。そういう意味では、かんこは車の中で家族の中での存在意義を見出しているようでもあり、そういった抽象的なテーマを含んでいると思われます。
さらにタイトルの「くるまの娘」を「車の娘」ではなく、「くるま」とひらがな表記しているところにも作者・宇佐見りんさんの意図が感じられます。「くるま」はかんこ達家族にとって、いかにも変容する家族そのもののメタファーとなっており、その曖昧さゆえにひらがな表記の「くるま」という表現方法を用いているのではないでしょうか。
若き書き手が五感で感じた、巧みな風景描写や比喩表現が見事
宇佐見りんさんの小説はあらすじだけ読んでも、魅力がなかなか伝わりづらいと思います。物語の展開というよりも、その表現技法が高く評価されるべきです。例えば、プロローグ的な文章の後に書かれた、実質的な書き出しの文章。
かんこは光を背負っている。背中をまるめた自分の突き出た背骨に、光と熱が集まるのを感じている。明るい血の色をした光だった。
引用:「くるまの娘」本文より
光を背負っている、という比喩表現は見事。しかもそこに触覚や視覚に訴えてくる情報が付与されることで、読者にリアルな感情を想起させてくれます。この「光」というテーマは本小説を通底するものであり、光の逆である影の表現も丁寧に描き出されています。特に秀逸だと思ったのが、以下の箇所。
日は急速に光をうしなっていった。突然あらゆるものが他人面をしだす暮れどきだった。風がやみ、一切動かない葉に覆われた木々が博物館で見た恐竜の骨のようだと思った。薄墨色の空へ吠えるような格好をしたまま、木がそこかしこにある。
引用:「くるまの娘」本文より
「他人面」の孤独感や、「恐竜」の得体の知れない威圧感など、影がもたらすイメージを的確に表現しています。この辺りの記述に、若い作家ならではのほとばしる感性が溢れ出していると言えます。
「自立」の意味を問う、痛烈なメッセージ性
大人の対象年齢が引き下がった2022年、若者はもっと自立すべきだという論調をよく目にします。そんな中、宇佐見りんさんは「くるまの娘」の中で、物語を通じて自立とは何か?を訴えかけてきます。
自立した人間同士のかかわりあいとは何なのか? 自分や相手の困らない範囲、自分の傷つかない範囲で、人とかかわることか。
(中略)
だが、家の人間に対しては違った。
(中略)
あのひとたち(編集部注:かんこにとって、親のこと)はわたしの、親であり子どもなのだ、(中略)、みんな、助けを求めている。
愛されなかった人間、傷ついた人間の、そばにいたかった。背負って、ともに地獄を抜け出したかった。
引用:「くるまの娘」本文より
自立というと「早く親離れした方がいい」と思われがちですが、作者はその点を強く否定します。簡単に親離れするのではなく、同じく傷ついている家族を一心同体となって背負っていく、その覚悟こそが大事だと述べているのです。
「くるまの娘」を読んでみた感想まとめ
ここからは「くるまの娘」を読んだ上での筆者の感想を綴ります。さらに読者がTwitterやAmazonのレビュー欄に書いた書評の内容を一部抜粋して紹介します。まだ作品を読んでいない方は、ぜひ参考にしてみてください。
【筆者の感想】痛みに敏感な者たちに救いはあるのか
かんこの家族が抱える痛みや悲しみが、ずっとドライブしていくようでした。かんこは痛みに敏感なようでいて、その一方で自分が人を傷つけたことはつい忘れてしまっていると思い至る一節があります。
つらいのは、痛みでもなく、それに絡む恥でもなく、傷をあたえたと認められないことだ、と思った。痛みにかろうじて耐えられるのは、それが痛みだとわかるからだ。だがそれをないものとされると、人は、そのずれに苦しむ。
引用:「くるまの娘」本文より
暴力をふるう父、精神的に人をまいらせる母、そして無意識のうちに弟を傷つけてしまったかんこ…。それぞれの痛みが丁寧に描かれ、作中でずっと付きまとってくる感覚がありました。読者もその痛みを共有してドライブしている感覚にさせられます。
苦しいけれど、読み続けられたのは、作者の描写力や物語を推進させる力もありますが、きっとそれだけではありません。このドライブの行き先はどこなのか?かんこが車の中に居心地の良さを感じたのは何故なのか?この辺りの答えは、一人一人の読者の想像に委ねられているのでしょう。
【みんなの感想や評価】優れた描写や比喩表現に賛辞の声が集まる
『くるまの娘』宇佐見りん
天才とか傑作とか、あまり軽率にそんな言葉を選びたくは無いけれど、本作は紛れも無くそんな言葉に吊り合うほど凄まじい作品だと思う。
この小説から受ける痛みや熱が、どれだけの人を揺さぶり、動かすのか。
そしてその波がどこまでも遠くまで届くことを願う。#読了 pic.twitter.com/l8f7bwUKMK
— 本読むリス。 (@ey18vV3m9ouPDQP) May 21, 2022
紛れもなく、日本文学に残る傑作だと思います。
【#読了】くるまの娘/宇佐見りん
彼らと同じ家庭環境ではなくとも、私が日々家庭で感じる違和感はこれだったのかと、かんこが全て言語化してくれた。文章も美しく、1ページ目から圧倒されます。
宇佐見さんの作品の中でいちばん私の心に刺さった。買って良かったと心から思う。きっと何度も読み直す。 pic.twitter.com/WpOYkEY2rM— なえ (@17B3O) May 23, 2022
前作の芥川賞受賞作「推し、燃ゆ」でも推しを思うファンの気持ちを的確に代弁していましたね。
くるまの娘拝読しました!すごく……すごく……終始不穏でしんどくて、でも読むのを止められなくて、描写や比喩が素晴らしかったです。素晴らしいお話でした! #くるまの娘
— やわらかもち🍦 (@aiueohrola) May 22, 2022
しんどいながらも読み続けたくなる感覚、とても分かります!
さまざまな人間が抱える宿痾、苦悩といったものを、いかにして噛み砕き、喉元に流し、消化していくか…そんなテーマを扱った作品だ。
文藝で読んだ時以上に、三人称や会話の精緻な描写など、技法にも氏の力量が伺えた。
かんこ、に春が来るのか…
愛読書の一冊だ。 pic.twitter.com/dtUWDQMn89
— JADE@読書垢 (@sakurasaku3113) May 20, 2022
「かんこに春が来るのか?」は、小説のラストの一文を受けての感想でしょうね。
読んでいる間、かんこをめぐる描写から、なぜか、中上健次「地の果て至上の時」に出てくる秋幸を想起させられました。作者の別の対談で、中上健次を読み込んでいることを知り、この作品は、新たな路地の物語なのかもしれないなと思いました。
引用:Amazon
宇佐見りんさんは中上健次さんを尊敬する作家だと公言しています。その影響が作品にも出ているのでしょうね。
まとめ:「くるまの娘」は家族のあり方を問う、日本文学史に残る傑作だった
いかがでしたか?「くるまの娘」の特徴を以下にまとめました。
・車中泊を通じて家族のあり方を問う小説
・鮮やかな風景描写や的確な比喩表現が魅力
・若い感性が溢れる作品だと高評価
・日本文学に残る傑作
以上です。
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