第168回芥川賞の選考会が2023年1月19日に行われ、同日受賞作が発表されます。今回は事前に発表された候補作を全て読み、どの作品が受賞しそうか予想します。各作品のあらすじと講評を述べた上で予想しているので、受賞作発表前にぜひチェックしてみてください。
そもそも芥川賞とはどんな文学賞?
芥川賞は日本を代表する文学賞の一つ。年に2回(1月と7月)選考会が行われています。対象となるのは、新人作家の純文学作品。日本文学振興会が主催しています。これまでの主な受賞者は石原慎太郎、村上龍、松本清張、小川洋子、川上弘美などです。
受賞作品は話題になりやすく、お笑い芸人の又吉直樹さんが「火花」で受賞した際は大きな話題となりました。また第164回芥川賞作となった宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」が、好きなアイドルを推している者の心情を表していると高く評価され、2021年で最も売れた小説となりました。
最新回の第167回芥川賞は高瀬隼子さんの「おいしいごはんが食べられますように」が受賞。直木賞も含めて候補となった作家が全員女性だったということでも注目されました。
⇒「おいしいごはんが食べられますように」のあらすじをチェックしてみる
第168回芥川賞受賞予想|フレッシュな顔ぶれに
第168回芥川賞の候補となったのは、以下の五作品です。(並びは作家名の順)
作品名 | 作家名 | 掲載誌 | 候補回数 |
ジャクソンひとり | 安堂ホセ | 文藝冬号 | 初 |
この世の喜びよ | 井戸川射子 | 群像7月号 | 初 |
開墾地 | グレゴリー・ケズナジャット | 群像11月号 | 初 |
荒地の家族 | 佐藤厚志 | 新潮12月号 | 初 |
グレイスレス | 鈴木涼美 | 文學界11月号 | 2回目 |
5人中4人が初候補となり、フレッシュな顔ぶれになりました。特に安堂ホセさんは文藝賞を受賞したばかりで、デビュー作が候補となっています。
変わった経歴の作家が比較的多いというのも今回の特徴と言えるでしょう。大抵は文芸誌の新人賞を受賞した作家が候補に入りやすいのですが、それに当てはまるのは前述した安堂ホセさんと佐藤厚志さん(第49回新潮新人賞を受賞)のみ。
井戸川射子さんはもともと詩人として活躍していた作家です。自分で出した詩集が注目され、第24回中原中也賞を受賞。さらに初の小説集『ここはとても速い川』が第43回野間文芸新人賞を受賞しました。詩人らしい優れた言語感覚が高く評価されています。
グレゴリー・ケズナジャットさんはアメリカ生まれの作家。アメリカ出身の作家が芥川賞候補に選ばれたのは、26年ぶりです。
鈴木涼美さんは前回に続き、2度目の候補。過去にAV女優として活動していた経歴があり、今回の候補作はアダルトビデオ業界を題材にしています。
自身の経歴を反映しているという点では、仙台市在住の佐藤厚志さんの作品も当てはまります。東北大震災のその後を扱った力作です。
各候補作のあらすじと講評
ここからは芥川賞候補になった各作品のあらすじを紹介します。また各作品の講評も合わせて行います。
安堂ホセ「ジャクソンひとり」(『文藝』冬号)
【あらすじ】
ブラックミックスのジャクソンは、自身とよく似た人物のポルノ動画を拡散され、あらぬ噂の被害に遭う。ジャクソンは自分とよく似た四人のゲイで結託し、それぞれの身代わりになることで復讐劇を計画する。
【講評】
マイノリティーで一人の人間として承認されづらいことを逆手に取り、よく似た者同士で結託して復讐劇を計画するという構図がまずおもしろかった。スピーディーに展開するが、ラストで黒幕的存在を殺すシーンはいかがなものか。エンタメ的要素が強くなり過ぎたため、芥川賞として推す声は弱そうな印象だ。
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井戸川射子「この世の喜びよ」(『群像』7月号)
【あらすじ】
ショッピングセンターの喪服売り場で働く「あなた」には、二人の娘がいる。上が教員で、下が大学生だ。あなたは、フードコートにいる少女が年の離れた弟の世話をしていると知る。あなたは少女とやりとりする中で、子育ての喜びを思い出していく。
【講評】
二人称で書くことで、「子育ての喜びを思い出す」というテーマが見事に表現できている。特にラストの展開には唸らされた。また現代詩人ならではの感性が光る描写も秀逸。何度も読み返すごとに味わい深くなり、幸せな読書体験ができた。実験的な試みが芥川賞選考委員にどこまで評価されるかが鍵。
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グレゴリー・ケズナジャット「開墾地」(『群像』11月号)
【あらすじ】
日本へ十年間留学したラッセルは、博士論文修了を前にサウスカロライナへ一時帰郷してきた。ヘブライ語の音楽を聴きながら、血の繋がっていない父がイランを出てアメリカへわたった半生や、母語と日本語の隙間で今後自分がどうすべきかなどを思案する。
【講評】
自身の経歴が多分に生かされた作品で、日本語のうまさに感心した。ただ作品としては、故郷を訪れることや、家の周囲を植物が覆っておりそれを振り払おうとする点などが、第162回芥川賞受賞作「背高泡立草」と似通っているのが気になる。比較されると、選考会では不利に働いてしまいそうだ。
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佐藤厚志「荒地の家族」(『新潮』12月号)
【あらすじ】
植木屋を営む祐治は、震災により仕事道具を流された。さらにその後妻が病気で亡くなり、後妻は流産してしばらくして家を出て行った。祐治の友人・明夫は体に不調を感じながら、中古車販売を営むが…。かつて高圧的な態度を取ってきた勤め先に世話になり、現実から逃れるように働き続ける祐治の周囲には、常に死の気配が漂っていた…。
【講評】
震災そのものの恐ろしさより、震災後に影響を与えられた生活の苦しさにスポットをあてる。結局はかつての勤め先や、多くを奪った海に頼りながら生活せざるを得ない不本意な日々。うまく書けているが、逆に書き過ぎている点もあると感じる。抗えないものとの共存という意味では、芥川賞受賞作「影裏」と比べてみると、どうしても劣ってしまう。
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鈴木涼美「グレイスレス」(『文學界』11月号)
【あらすじ】
十字架を外した古い西洋建築の家で、私は祖母と暮らしている。私はポルノ女優の化粧師の仕事をしており、聖なるイメージの家と俗っぽさが全面に出たポルノ現場とを往復する日々を過ごす。
【講評】
元AV女優の鈴木さんにしか書けないポルノ現場のリアリティーがあった。ポルノ女優の心情、化粧師としての表情の作り方、女優への配慮、壮絶な現場の描写、海外ロケでの周囲からの反応など、他にない描写が多く、おもしろかった。ただ対比すべき、家の描写や、家族の人物造形などが、作品に有機的な役割を果たせているかというと、少し疑問だった。
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受賞予想:大本命は井戸川射子さんの「この世の喜びよ」
全作品の講評をふまえ、今回の芥川賞の受賞を予想をすると、大本命は井戸川射子さんの「この世の喜びよ」。これが頭ひとつ抜けている印象でした。実験的な試みがどう評価されるかじゃっかん気になりますが、おそらくこの作品が単独受賞するでしょう。
対抗は鈴木涼美さん「グレイスレス」。大穴が佐藤厚志さん「荒地の家族」で考えます。
◎(本命):井戸川射子「この世の喜びよ」
◯(対抗):鈴木涼美「グレイスレス」
△(大穴):佐藤厚志「荒地の家族」
受賞作発表は1月19日。また発表後に記事を更新いたします!
【結果発表】本命予想が見事に受賞!大穴にあげてた作品も受賞
第168回芥川賞の選考会が1月19日に行われ、下記のように受賞作が決定しました。
第168回芥川龍之介賞は、井戸川射子さんの「この世の喜びよ」と佐藤厚志さんの「荒地の家族」の二作に決定しました。井戸川さん、佐藤さん、おめでとうございます! #芥川賞
— 日本文学振興会 (@shinko_kai) January 19, 2023
予想の答え合わせとしては、本命にあげていた井戸川射子さんの「この世の喜びよ」が受賞し、予想が当たった結果となりました。なお、同時受賞となった佐藤厚志さんの「荒地の家族」も、予想では大穴にあげていたので、上出来の結果ではないでしょうか。
受賞作はもちろん、今回惜しくも受賞できなかった作品も、良い作品ばかりなので、これを機にぜひチェックしてみてください。
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