昭和、平成、令和と3つの時代を結ぶ圧巻の大河ミステリー「おれたちの歌をうたえ」。呉勝浩さんによる長編で、第165回直木賞の候補作にも選出されました。ここでは物語の簡単なあらすじを紹介。さらに一度読んだ方に向けておさらいという意味で、犯人や結末がどうだったのかを振り返ります。
呉勝浩の小説「おれたちの歌をうたえ」とは
書名 | おれたちの歌をうたえ |
作者 | 呉勝浩 |
出版社 | 文藝春秋 |
発売日 | 2021年2月10日 |
ページ数 | 618ページ |
作者の呉勝浩(ごかつひろ)さんは前作「スワン」で吉川英治新人文学賞を受賞。またこれまでに長編ミステリーや冒険小説に与えられる、江戸川乱歩賞や大藪春彦賞の受賞歴があり、長編小説の書き手として今、大注目されている作家の一人です。
今作「おれたちの歌をうたえ」は、長編の大河ミステリー。全共闘が盛んな昭和五十一年の長野において青春時代を謳歌し、「栄光の五人組」と呼ばれた少年たち。ある事件をもとに別れを余儀なくされた彼らのその後を、昭和、平成そして令和と3つの時代を巡って描きあげた力作となっています。
「おれたちの歌をうたえ」のあらすじ【※ネタバレなし※】
かつて元刑事で現在はデリヘルの運転手をしている男・河辺。ある日、幼馴染の佐登志の世話をしていたチンピラ・茂田から電話がかかってくる。佐登志が死んでいる姿を目撃した河辺は、それが他殺であると悟る。河辺は茂田と協力して、事件の真相を探り始める。
佐登志は河辺にある暗号を遺していた。暗号は自分たちの青春時代にはまっていた文豪たちの作品が関係している。河辺は四十年前の全共闘の時代、自分や佐登志たち五人の仲間が「栄光の五人組」と呼ばれていた時代の記憶を思い出す。そこでも河辺たちはある凄惨な事件に巻き込まれていた。
昭和五十一年の青春時代。平成十一年の青年時代。そして令和の現在。栄光の五人組はそれぞれの人生を歩んでいた。昭和五十一年に起きた事件の真相とは?平成十一年で迎えた大きな転換期。そして令和になった今、全てが明かされていく…。
「おれたちの歌をうたえ」の犯人は誰?【※ネタバレあり※】
※ネタバレ部分は隠しコマンドになっています。※
以下、「おれたちの歌をうたえ」の犯人について記述しています。ネタバレになるので、まだ読んでない方は飛ばしてください。一度読んだ方で、「誰だったか復習したい」「よく分らなかったので整理したい」という方向けの内容です。
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物語を読み進めいく内に、佐登志を殺した犯人は欣太だと思わせる記述がある。しかしこれはミスリードで犯人は別にいる。
事件を解く鍵の暗号(佐登志が遺した五行詩)は以下。
「巷に雨がふるやうに/わが山に雪がふる/幼子は埋もれ、音楽家は去った/狩人と、踊るオオカミの子どもたち/真実でつながれた双頭の巨人」。
解読すると
・わが山に雪がふる→昭和五十一年に起きた事件現場
・幼子は埋もれ→昭和五十一年に起きた事件での殺害状況
・狩人→殺人を示唆
・双頭の巨人→昭和五十一年に起きた事件の犯人が二人いたこと
ここでは昭和五十一年に起きた事件の詳細については割愛するが、片割れの犯人・文男は、事件当時に勘違いした者の暴走で結果的に殺されてしまう。(この件があったため、栄光の五人組は別れを余儀なくされた)
それも全てもう片割れの犯人による策略(注:本人の供述によると偶然の采配)であった。真犯人はセイさんと呼ばれていた人物・岩村清隆だ。彼は昭和五十一年の事件の犯人が自分だと気づいた佐登志を、保身のために殺したのだった。
「おれたちの歌をうたえ」の結末とは【※ネタバレあり※】
以下、「おれたちの歌をうたえ」の結末部分についてまとめています。ネタバレになるので、最後まで読んでない方は飛ばしましょう。読破された上で、どんなラストだったか振り返りたいという方向けに書いています。
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暗号を解くと金塊があると思っていたが、実は違った。
暗号を解いたって金塊は用意されていなかった。ここにあったのは輝かしい時間、そして永遠のマイフェア・レディ。
(中略)
五行詩はお宝の暗号ではなく、同窓会の招待状ですらなく、たんなるラブレターだった。
引用:「おれたちの歌をうたえ」594ページ
昭和五十一年のある日。栄光の五人組はお泊まり会をしていた時に雪山に閉じ込められていた。その際、五人はそれぞればらばらの歌を歌って寒さや孤独を凌いでいた。五行詩の五行目にある「真実でつながれた」の真実とは「歌」のことだったのだ。佐登志は五人組の紅一点である風花に恋をしていた。
河辺は暗号の真相を知って、以下のような心持ちに至ったのだった。
人に裏切られ、自分に失望し、傷ばかり増えてゆく。過ぎた時間は取り戻せない。けれど、まだ途中だと思えるかぎり、約束をつなげばいい。次の音符を付け足せばいい。
引用:「おれたちの歌をうたえ」596ページ
このように最後は希望が示唆されて、物語は終わる。
「おれたちの歌をうたえ」の読みどころを解説
いかがでしたか?ここからは「おれたちの歌をうたえ」の魅力を解説します。長編で読むのに気力がいる作品ですが、読後はきっと「読んでよかった」と思えるはずです。まだ読んでない方はぜひチェックしてみてください。
バディものとしての魅力が楽しめるミステリー
令和の時代に佐登志が殺されている場面を目撃した、河辺と茂田は手を組んで事件の真相へとたどり着いていきます。チンピラの茂田は何度も河辺に食いかかり、対する河辺の方は泰然自若としていて、二人の関係性には緊張感や独特のユーモアがあります。いわゆるバディもののミステリーとして楽しめるでしょう。
もちろんミステリーの王道要素である、謎解きの楽しさも。ミスリードを思わせるような誘導があったり、犯人に近づけそうで近づけないもどかしさがあったり。3つの時代を渡り歩いている登場人物たちの記憶や現在を辿りながら真相へ近づいていく様が読みどころです。
全共闘が盛んだった時代の狂乱ぶり
昭和五十一年の時代背景には、全共闘が盛んだった時代の狂乱ぶりがあります。作者は1981年生まれなので、生まれる前の時代をよく調べて書き上げている形です。当時の時代を知る方には懐かしく読めるのではないでしょうか。
なぜこの時代を選んで書いたのか?作者の呉勝浩さんはインタビューで以下のように答えています。
昭和51年、52年あたりというのは、括弧付きの「正義」が終わりかけていた時代だったのではないかと思うんです。60年・70年安保、全学連、全共闘という流れがムーブメントとしてあり、学生運動としては昭和43年から44年頃がピークなんですが、その残り香がギリギリあったのが昭和51年、52年くらいではないかと考えました。逆に言うと、そこが「正義」というものが死んだ年なのではないかと、僕のなかで位置付けて。
引用:文藝春秋BOOKS
「正義」が一つのテーマになっているのですね。なお、他にも「長野オリンピック」や「あさま山荘事件」など、当時の時代に関わった大きな出来事が作品に絡んできます。
物語に有機的に絡んでくる、様々な文豪の作品たち
昭和五十一年、当時少年だった主人公たちは、「キョージュ」と呼ばれていた国語教師から様々な古典文学作品を教えてもらい、興味を持ちます。永井荷風、中原中也、太宰治など。しかもその小説の一節が事件の暗号を解く鍵にもなります。
また当時の河辺が読んでいる小説「限りなく透明に近いブルー」(村上龍のデビュー作)は、当時の風俗をセンセーショナルに描いた傑作です。少年なりに小説を読み解こうとしている姿勢が、大人への成長を遂げていく彼の姿に重なります。
重要なテーマとなっている「歌」
この作品では様々な場面で登場人物たちが歌を歌い、それが一つのテーマとなっています。主人公たちが口ずさむ歌が、終盤の謎を解く大きな鍵になるのです。
また各章のタイトルが曲名になっています。以下の表にまとめました。(5章だけ曲名になっていないかと思われますが、もし分かる方いたら教えてください。)
章 | タイトル | 歌手 |
1章 | さよならの今日に | あいみょん |
2章 | 全ての若き野郎ども | モット・ザ・フープル |
3章 | 追憶のハイウェイ | ボブ・ディラン |
4章 | 強く儚い者たち | Cocco |
5章 | 巨人 | (この章だけ曲名ではない?) |
6章 | 誰ぞこの子に愛の手を | 岡林信康 |
往年のヒットソングから、隠れた名曲、最近の人気歌手など、幅広いですね。各曲を思い浮かべながら(もしくは実際にBGMとして聴きながら)、テーマ曲のような形で流すとより思い入れのある読書体験をできるでしょう。
SNSに寄せられた「おれたちの歌をうたえ」の感想まとめ
最後にSNSに寄せられた読者や書店の方の感想・レビューをまとめました。
今年の26冊目。呉勝浩「おれたちの歌をうたえ」#読了
「テロリストのパラソル」を書いたみたいなインタビューを読んで納得。各章のタイトルもあいみょんから岡林信康まで歌へのこだわりが。
それにしても直木賞残念でした。自作も期待です。 pic.twitter.com/Z3a4B8Gj5Z— ケムリ (@kemurin921) July 17, 2021
【2F 文芸書売場】ああっ🙃この作品にも直木賞をとってほしかった😭『おれたちの歌をうたえ』呉勝浩 文藝春秋。読んでいると若き日々がぐんぐん遠のいていくようで。。なんていうのか、取り戻せない切なさみたいなものが充満しております。惜しくも賞は逃しましたが、ぜひ読んでいただきたい!(さ) pic.twitter.com/i4fJ4fVTgF
— 有隣堂藤沢店 (@yurindo_fujisaw) July 17, 2021
「おれたちの歌をうたえ」での直木賞は受賞ならずで残念でしたが、呉勝浩さんを推している気持ちは変わりません!熱く応援してます!作品は本当に面白く暗号、謎をハラハラしながら読みました!スタッフ同士で、感想を言い合いながらPOPを作ったり、ノミネートから熱い時間を過ごさせてもらいました! pic.twitter.com/xjXSsYhtNu
— 伊吉書院 西店 (@ikichi_nishiten) July 17, 2021
呉勝浩「おれたちの歌をうたえ」#読了
過去のしがらみに捕らわれてただ先細りの人生を送るのか、それに抗って未来に眼を向けるのか、中年として身につまされるテーマでした。最近しがないオジさん主人公への感情移入が加速していて微妙な気分。勿論ミステリーとしても一級です。#読書好きと繋がりたい— 金次郎 (@after4dokusho) July 12, 2021
直木賞選考会直後には、惜しくも受賞を逃すも作品を高く評価する読者の声が多かったです。それだけ皆さんの記憶に残った小説だったのでしょう。
まとめ:「おれたちの歌をうたえ」は圧巻の大河ミステリーだった!
いかがでしたか?最後に「おれたちの歌をうたえ」の特徴をまとめました。
・昭和、平成、令和の3つの時代に渡って書かれた圧巻の大河ミステリー
・全共闘が盛んな時代の狂乱ぶりが物語によく表れている
・歌が重要なモチーフでテーマ曲のようになっている
・古典文学や近代小説が効果的に登場してくる
以上です。記事内では犯人やラストの描写に触れていますが、一度読まれた上で気になった方だけチェックしてみてくださいね。
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