科学と小説の見事な融合!タイトルが不思議な『八月の銀の雪』は科学の専門知識を小説にうまく取り入れた名作なんです。理系出身の伊与原新さんならではの魅力に溢れています。今回はそんな『八月の銀の雪』のあらすじをご紹介。詳しく知りたい方に向けてのネタバレ解説もいたします。また読者の感想もまとめましたので、最後までぜひチェックしてみてください。
伊与原新の小説『八月の銀の雪』とは
書名 | 八月の銀の雪 |
作者 | 伊与原新 |
出版社 | 新潮社 |
発売日 | 2020年10月20日 |
ページ数 | 256ページ |
科学知識を文学に取り込んだ温かいストーリーに注目
伊与原新さんは理系出身ということもあり、作品の中で科学技術についての情報が取り込まれていることが特徴です。とはいえ、小難しい話が滔々(とうとう)と展開される訳ではなく、一般の読者にも分かりやすく説明してくれています。
自分の知らなかった新たな知識が増える楽しみもありますし、壮大なスケール感を抱かせてくれます。科学技術がもたらすロマンを感じられるのです。その情報が登場人物たちが起こすドラマに絶妙に絡んでくるあたりがとても秀逸だと感じます。
◎『八月の銀の雪』は以下の読者に特におすすめ!
・科学に興味がある、研究熱心な理系の方
⇒科学知識についての情報にワクワクする上に、研究者としての矜恃も得られます
・普段は科学が苦手な、文系脳の方
⇒科学が苦手な人にも丁寧に分かりやすく説明してくれてます。新たな門が開くかも?
・今の人生に自信が持てない方
⇒就活失敗中やシングルマザーなど、共感できる立場の人もいるはず!
直木賞や2021年本屋大賞の候補に選出される
『八月の銀の雪』は第164回直木賞の候補になりました。惜しくも受賞は逃しましたが、選考委員の三浦しをんさんからは「うつくしいイメージの数々が本当に素晴らしい」や「科学と創作物の最良かつ最高の融合の形が本作にはある」と激賞されました。また角田光代さんからも「もっとも深遠な世界を私に見せてくれた」と評されました。
2021年本屋大賞にもノミネート入り。大賞の発表は4月14日に行われます。
『八月の銀の雪』のあらすじとは【※多少のネタバレあり※】
『八月の銀の雪』は就活連敗中の学生や、子育てに自信が持てないシングルマザーなど、傷心している人物たちが、科学の知識に触れることで生きる勇気を得ていくストーリーが描かれています。5篇からなる短編集です。
「八月の銀の雪」の意味は、表題作に出てくる、地球の内核に降り注ぐという銀色の雪から来ています。ここからは表題作はじめ、各短編のあらすじ及びネタバレ解説をします。ネタバレが嫌な方は「※ここからはネタバレあり※」以降を読み飛ばしてください。
八月の銀の雪
僕(堀川)は就活で連敗続きの理系学生。よく行くコンビニの店員・グエンは日本語が得意ではなく、いつも慣れない接客をしている。僕はそのコンビニで同じ大学の清田から声をかけられる。僕は清田に就活の内定を二個もらっていると嘘をつく。清田は僕にある仕事を手伝ってくれと言う。それはいかにも怪しいマルチ商法の手伝いだった。
※ここからはネタバレあり※
僕は清田のマルチ商法の商談サクラ役をさせられ、辟易している。そんな中、グエンが論文を探しているから知らないかと聞いてくる。僕はコンビニのコピー機に混じっていた論文を誤って持って帰っていたことに気づく。
僕は清田にもグエンが論文を探していることを話す。清田はなぜそこまで彼女のことに肩入れするのか訝しがる。僕はグエンに論文を渡す際、彼女が地震の研究をしていると知り、彼女の秘めた野心に胸打たれる。
僕は商談で居合わせた女学生にこっそり「就活やめていいなんて簡単に他人に言えるものなのかな」と呟く。商談は破談となり、怒った清田は僕を問い詰めてくる。僕はそこで実は就活の内定がまだゼロだと白状し、そこから就活に対する思いや、三年前に清田が僕に声をかけてきてくれたのが嬉しかったことなどを話す。
グエンは妹のために自分の身分を偽ってまで働いていた。僕は最初彼女が使えないコンビニ店員だと思っていたが、実はベトナムの農村で育った家族思いの優秀な大学院生だと知る。
意外なことばかりだと考えるのは、間違いだ。深く知れば知るほど、その人間の別の層が見えてくるのは、むしろ当たり前のこと。今はそれがよくわかる。(57ページ)
グエンは地球の中心にある内核にも雪が降ると言う。仮説だが、鉄の結晶が銀の雪のように降っているかもしれないというものだ。グエンはその雪の音を聴けるようにもっと研究を頑張りたいと言う。僕もそんな雪の音を聴くために耳を澄ませていようと思った。
海へ還る日
わたしは子育てに自信が持てないシングルマザー。娘の果穂と出かける時に、周囲が迷惑しているのではないかと過度に悪い妄想をしてします。ある日、電車で席を譲ってくれた女性から、博物館で行われている<海の哺乳類展>のチラシを渡された。
※ここからはネタバレあり※
わたしはさっそく娘と一緒に<海の哺乳類展>へ行った。するとそこには先ほどの女性がいた。女性は定年後に動物研究部の委託職員として働く、宮下和恵という人物だった。博物館にはクジラたちの生物画があり、全て宮下さんが描いたのだと知る。
小さい頃から冴えない生活を送っていて、行き当たりばったりで妊娠、結婚そして離婚を経験した、わたし。<海の哺乳類展>で知ったことを思い出し、自分はプランクトンになってただ流されて生活できると良いなと思う。
わたしは宮下さんから誘われた、トークイベントに参加した。イベントではクジラやイルカの知性についてや、クジラが歌を歌うことなどを聞く。イベントが終わり、わたしは宮下さんから果穂と一緒の光景をスケッチしたいと言われる。
スケッチされている際に、わたしは絵の中のような幸せな家庭を築けていないと嘆く。「素敵なんかじゃない」「この子に何もしてやれない」と震える声で言う。すると宮下さんは「果穂」の名前から「きっと何か実るわね」と言い、イルカにも名前のようなものがあるのだと伝える。
大事なのは、何かしてあげることじゃない。この子には何かが実るって、信じてあげることだと思うのよ。(97ページ)
後日、わたしは宮下さんとトークイベントの先生とで九十九里浜へ行った。白骨化したクジラの掘り起こし作業の付き添いが目的だ。わたしはそこで「クジラたちは、我々人間よりもずっと長く、深く、考えごとをしている」という仮説を聞く。
わたしの意識は、海へと潜る。そこには以前に想像したプランクトンとしてではなく、一人の人間としてクジラと共に泳ぐ姿だった。そしてその想像のクジラが歌うのだ。わたしは海で考え続けるクジラを思うと同時に、娘の果穂にも世界をありのままに見つめる人間に育ってほしいと願う。
アルノーと檸檬
不動産管理会社の契約社員である正樹は、再開発のためのアパート全戸立ち退きのため、アパートの住民である寿美江のもとを訪れる。寿美江は最近アパートのベランダで迷い鳩を飼っていた。ハトの脚環には<アルノー19>と書かれていた。
※ここからはネタバレあり※
「立ち退きの前に迷い鳩の飼い主を探して」と言われた正樹は、東日本鳩レースの事務局を訪れた。するとハトや渡り鳥の本を書いている小山内という人物から、「アルノー」についての問い合わせがあったと聞く。
正樹は小山内と会って、ハトについての知識を得ながら、飼い主探しをする。段々と飼い主の存在が判明してくるが、肝心なところでいつも分からなくなってしまう。
正樹は役者を目指して上京した。実家は祖父の代から続くレモン農家だ。夢を追いかけて家族とはほとんど連絡を取らなくなったが、レモンを見ると昔を思い出すので敬遠している。帰る場所を失った自分とハトの<アルノー19>とを重ねる。
同じ劇団に所属していた順也が売れて人気者になった。彼から役者の紹介をしてもらったが、自分は会社員でこの先行くことにしたと告げる。それは正樹の一世一代の演技であった。
アルノー19をかつて飼っていた人は亡くなり、その跡地にタワーマンションができていると分かった。そのことを寿美江に告げる。体調を崩し家を空けていた彼女は、ハトとの再会を果たしてこう言った。
かわいいに決まってるじゃない。何も言わなくても、毎日ちゃんと帰ってきてくれるんだから(162ページ)
正樹はレモンの香りを深くかいだ。あれほど嫌っていたレモンだが、今回のハトの帰るべき場所を探したことで、正樹にも変化が訪れたようだ。
玻璃を拾う
瞳子がSNSであげた写真に<休眠胞子>なる人物から著作権侵害を訴えるコメントが入った。幾何学的な形の繊細なガラス片のようなものが並んだもので、それは友人の奈津から送られた写真に混じっていた画像だった。瞳子と奈津の2人は休眠胞子と後日会うことになった。
※ここからはネタバレあり※
奈津と休眠胞子こと野中は、はとこ同士だった。野中の母親・雅代さんは膠原病を患っていて、例の画像は雅代さんから奈津の母親へと送られたものだった。その画像がSNSで公開されていたのをきっかけに、そっくりのアクセサリーが無断で売られてしまっていた。
野中は例の画像が、ガラス細工ではなく、ガラスの殻を身にまとう珪藻という生物でできたものだと明かす。珪藻が気持ち悪いと言う瞳子に対し、野中は実際に顕微鏡で見て確かめろと言う。またその際、なぜか化粧しているかどうかを必要な情報として聞かれる。
瞳子は顕微鏡で珪藻を見ると、精緻な美しさがあり、また相当な労力をかけて並べられたことを知る。さらに、雅代さんと息子とがお互いに思いやって生活していたのだろうと感じる。
瞳子は野中から製作の際に、瞳子のまつげを使ったと言われる。まつげの太さと弾力が最適な道具らしく、瞳子は不思議と嫌悪感を抱いていないことに気づく。瞳子はまたまつげを渡すことを約束する。
瞳子はこれまでありのままでうまく生きれなかった自分のことを思い出す。そして珪藻が美しいガラスをまとっているのをヒントに、人間のありのままの姿の本質について以下のように結論を出す。
人間もまた多かれ少なかれ、見栄えよく繕った殻と、それに不釣り合いな中身を抱えている、それがむしろ、ありのままの姿ではないのか。(207ページ)
十万年の西風
原発の下請け会社を辞めた辰朗は、一人旅で福島へ行く途中、茨城の海岸に来ていた。辰朗はそこで六角凧をあげる、初老の男性・滝口と出会う。滝口は気象学の元研究者で、その父親は戦時中に気象技術者として軍事協力していたと知る。
※ここからはネタバレあり※
辰朗は原発の町で生まれ育った。父親も原発関係の仕事に就き、自分の仕事を誇りに思っていた。しかし辰朗は原発会社で隠ぺい行為を強要され、それが嫌で仕事を辞めてしまった。
辰朗は滝口から凧や放射能にまつわる話を聞く。その中で滝口から、戦時中に使われた風船爆弾の話が出る。風船爆弾とは偏西風に乗せてアメリカへと攻撃を仕掛ける「気球兵器」のことで、実際に製作され被害者も出ていた。滝口の父は風船爆弾を発射する際に誤爆したものに巻き込まれて死亡したのだと知らされる。
「風も、平和に使われるとは限らない」と言う滝口の言葉は、辰朗が関わっていた原発の仕事にも重なるところがあった。辰朗は凧を買って、子どもたちと一緒に凧あげをしようと思う。そして滝口とのこと、これから訪れる福島でのことを子どもたちに話すのだ。
たとえ何も伝わらなくても、今は構わない。いつかその意味を感じ取ってくれるような生き方を、父親である自分が見せてやれればいい。(245ページ)
『八月の銀の雪』の読みどころ3つ
『八月の銀の雪』のあらすじについて紹介してきました。ここからはまだこの小説を読んだことがない方に向けて、本作品の読みどころを解説します!
新しい科学知識を身につけられる点
『八月の銀の雪』では自分が今まで知らなかった、新たな科学の知識を身に付けられます。地球の内側、クジラ、ハト、珪藻、気象など、普段馴染みがあるものから、今まであまり考えたことなかったものまで様々ですが、意外な情報や新たな発見があるものばかりで、知的好奇心をくすぐってきます。
小説の最後にある参考文献を見ると、筆者がよく勉強・研究されて、読者に必要な情報だけを取捨選択していることが分かります。科学技術の話といっても、決して難しい説明はなく、文系の人にでも分かりやすいように丁寧に解説してくれるのでありがたいです。この小説をきっかけに、科学について興味が出てくるかもしれませんね。
生きる勇気を与えてくれる点
就職活動で失敗続きの理系学生。子育てに自信を持てないシングルマザー。家族を捨てて上京したが、夢が叶わずにダラダラと仕事している営業マン。仕事を辞めたばかりの一家の父親。『八月の銀の雪』に出てくる人物たちは、今人生でつまずいている人ばかり。彼らが科学と触れ合うことで、生きる希望を見つけていくのです。
上記のような境遇にいる人たちに共感する読者は少なくないはず。同じような立場の人たちがどのように考えを改め、成長していくのか?きっとあなたの人生にも役立つヒントが得られますよ。
戦争についてほとんどの人が知らない悲しい出来事を知りたい人
最終章の「十万年の西風」には科学の知識とはまた違った、戦争中のあるエピソードが紹介されます。「風船爆弾」は他の兵器に比べて軽んじられている風潮があるようなものですが、犠牲者を出しているのも事実で、戦争中に少なからず影響が出ています。
戦争を実際に経験した人が少なくなってきた今の世の中で、このようなほとんどの人が語らない情報は貴重でしょう。
『八月の銀の雪』の感想は?口コミ評価レビューまとめ
『八月の銀の雪』はどんな感想が寄せられているのでしょうか?Twitterに投稿された感想をいくつか紹介します。
『八月の銀の雪』伊与原新#読了
コンビニ店員の留学生と就活に苦しむ理系大学生の交流を描く表題作をはじめ、科学の視点から人の気持ちに寄り添う短編集。
静かで優しい空気がとても良かったし、科学の内容も興味深かった。たまには自分の周囲の事柄だけでなく、宇宙や海について考えたいと思った。
— 花車📚 (@gerbera_reading) March 26, 2021
「八月の銀の雪」伊与原新
本屋大賞ノミネート作品のひとつ。
短編集なんだけど、どれも静かで澄んだ印象の作品。自然や科学と人が織り成す、心がほんのりあたたかくなる話ばかりだった。
中でも『アルノーと檸檬』『玻璃を拾う』が好きだな。 pic.twitter.com/f2syObL0he— あっきぃ (@akiaki5093) March 22, 2021
6篇入った短編集。『八月の銀の雪』で初めましての作家さんだったのですが、『月まで三キロ』も同じように、理科系の知識絡めつつの人間譚というか。興味深く読みました。星六花が好き。山を刻むは、なんか身につまされるものがあったな。私も頑張って生きよう。
— あやこ (@ayakobooklog) March 22, 2021
専門的な知識が書かれていますが、ポップで読みやすいという意見が多いですね。「頑張って生きよう」という希望があるメッセージも寄せられていて、読んでいるこちらも勇気がもらえます。
作家・伊与原新のプロフィール
科学の専門的な知識に長けている小説ですが、ここで作家・伊与原新のプロフィールを詳しくみていきましょう。伊与原新さんは1972年大阪府吹田市生まれ。神戸大学の理学部を卒業後に、東京大学大学院の理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了しています。
その後、富山大学で研究をしながら授業を教える助教に。傍らで執筆活動を行い、2010年に『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビューしました。その後、『ルカの方舟』『博物館のファントム』『磁極反転の日』などを発表。2019年に刊行した『月まで三キロ』で新田次郎文学賞を受賞しました。
2020年12月インタビュー記事では長編を書いていると話しています。
短篇が続いたので、今は長篇を書いています。読み手としてはデビュー作のようなスケール感のある近未来ものなどが好きなので、近々そういう作品にもまた挑戦したいですね。
引用:WEB本の雑誌
まとめ:『八月の銀の雪』は科学と小説が見事に融合した感動の名作だった!
いかがでしたか?『八月の銀の雪』は科学の専門知識がうまく小説に取り込まれた作品でした。科学への新たな興味が出たり、生きる勇気がわいたり、戦争についての知らない知識が増えたりと、様々な面で楽しませてくれる小説です。まだ読んだことがない方はぜひ手にとってみてください。
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