コロナ禍における非正規労働者のリアルな姿を描いた小説「ブラックボックス」(著:砂川文次)。今回は本作のあらすじをまとめ、魅力を解説します(ネタバレ部分は隠しています)。その上で筆者の感想や、皆さんの評価、及び第166回芥川賞を受賞できるかの予想も行っています。
砂川文次の小説「ブラックボックス」とは
書名 | ブラックボックス |
作者 | 砂川文次 |
出版社 | 講談社 |
発売日 | 2022年1月26日 |
ページ数 | 168ページ |
「群像2021年8月号」に掲載され、第166回芥川賞の候補作に選出された小説「ブラックボックス」。コロナ禍において、メッセンジャーの非正規労働で毎日をやり過ごす若者の姿を描いています。
「ずっと遠くに行きたかった」と思っているサクマは、先行き不透明な現代で漠然とした将来の不安を抱えながら生活をしています。メッセンジャーとして福利厚生の無い非正規労働として働き、いつかちゃんとしないとと思いながらも、毎日を無為に過ごしていくのです。
こうした前半は現代の若者の生きづらさを象徴しており、NHKの「クローズアップ現代」を見ているかのよう。しかし後半は一転、サクマに大きな変化が訪れます。
果たしてサクマが辿る運命とは?作品タイトルが表す「ブラックボックス」の真の意味を考えながら読むと、より一層この小説を楽しめるでしょう。
※「ブラックボックス」は以下に当てはまる人におすすめ!
・コロナ禍を生きる若者の閉塞感を知りたい人
・自分や友人が非正規労働として働いている人
・芥川賞候補となった話題作を読みたい人
3分で分かる「ブラックボックス」のあらすじ【※ネタバレなし】
メッセンジャーとして働く佐久間亮介(以降:サクマ)は、自転車で信号をギリギリのタイミングで渡ろうとしたところ、ベンツに轢かれそうになり落車した。サクマ自身は無事だったものの、故障した自転車を修理するために営業所へと戻る。
サクマはこれまで職を転々としてきた。自衛隊を辞め、その後に働いた企業もあまり長く続かなかった。今回の事故をきっかけに漠然と将来の不安を感じていたところ、営業所で所長の滝本に呼び出され、正社員登用の話を切り出される。
正社員は福利厚生がつく魅力はあるものの、業務が多くなる上に安月給となるため、結果その話は保留してしまう。またサクマは過去、職場を転々とした過去において、すぐにカッとなって手や口が出てしまうのが定職に就けない原因だったと思い返す。
そんなサクマには同棲している女性・円佳がいた。避妊しなかったため妊娠した円佳と共同生活する中で、ちゃんとしなきゃいけないと感じている。しかし、なかなか定職に就こうとせずに、今をやり過ごしてしまう。
そんな彼にある決定的な出来事が起こる。小説後半は思いもよらぬ展開から始まり、サクマの運命は大きく変化していく…。
「ブラックボックス」のネタバレ解説
砂川文次さんの「ブラックボックス」の魅力を知るために、物語の内容についてより深掘りしていきます。一部ネタバレを含むので、その部分はクリックしないと読めない仕様にしています。
タイトルの「ブラックボックス」とはどんな意味?
そもそもブラックボックスの本来の意味は、内部構造が不透明で分かりづらい仕様になっている装置のことを指します。では、砂川文次さんの「ブラックボックス」が意味するところは何なのでしょうか?小説の中でブラックボックスについて記述している箇所があります。
ブラックボックスだ。昼間走る街並みやそこかしこにあるであろうオフィスや倉庫、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようで見えない。
引用:「ブラックボックス」本文より
サクマはメッセンジャーとして自転車で街を駆け巡る中、上記のような考えに至るのです。それには彼が契約書を受け取りに様々なオフィスを訪れる中、以下のように感じたことがきっかけになっています。
彼らが何かをしているのはどうも確からしいが、さらに踏み込んで何をしているのか知ろうとしても絶対に触れられないものがその奥にあるということは共通している。
引用:「ブラックボックス」本文より
こういった記述は、社会のちゃんとした部分へ一歩踏み込めないサクマの心情をよく表していると言えます。
さらに深読みすると、このブラックボックスは別の捉え方ができるかもしれません。以下は後半のネタバレを含むので、知ってもいい方だけクリックして読んでください。
ネタバレしていいからより詳しい解説を読みたい方はこちらをクリック!
小説後半でサクマは暴力沙汰がきっかけで刑務所に入ります。刑務所での生活が綴られていく中で、恋人の円佳がサクマへ手紙を出しているのがわかる箇所があります。しかしサクマは円佳へと返事を出さずに終わります。
円佳の視点からすると、この刑務所でサクマがどんな生活をして、どんな想いで過ごしているのか知る由がありません。つまり円佳にとってはサクマがいる刑務所自体がブラックボックスになっていると、捉えることもできるでしょう。
「ブラックボックス」の結末を詳しく解説|希望を感じさせるラスト
「ブラックボックス」の結末部分は、淡い希望を感じさせるような記述で終わります。ラストがどうだったのか気になる方へ、より詳しく解説します。
ネタバレしていいからより結末についての解説を読みたい方はこちらをクリック!
刑務所で決まったルーティンの生活を送る内に、サクマはまた暴力沙汰を起こして懲罰をくらいます。しかしその暴力は、結果的に嫌がらせを受けていた仲間を救ったということで、妙な称賛を受ける形になります。
また作業場で細かな作業に向いていることを評価されます。サクマはメッセンジャーとして働いていた頃を思い出し、自転車を散々いじってきた理由を考えます。それは別に自転車を見せびらかしたかった訳ではなく、自転車を改良すればどこにでも行けると思えたからだったのです。
自分はずっと遠くに行きたかった。今もそのように思っている。
引用:「ブラックボックス」本文より
しかし刑務所での決まったルールがある中での生活を送る内に、同時に以下のような考えも生まれます。
自分は遠くに行きたいと願いながら、一方で制度を希求していた。
引用:「ブラックボックス」本文より
サクマはかつての不安定な生活を送っていた際、変わり映えがしない毎日を過ごしていたようだったが、実は日々変化があったのだと思い至ります。またこの後どうなるか分からない未来についても、しっかり受け入れて前に進むしかないと考えるのです。
どうなるかは誰にも分からない。それでいい。
引用:「ブラックボックス」本文より
最終的にサクマ本人にどういう未来が訪れるかは、読者の想像次第です。ここではサクマの未来がどうなるかより、サクマ自身が未来が来ることに対して受け入れた、ということ自体が重要であったと示されています。
「ブラックボックス」を読んでみた感想
ここからは筆者が「ブラックボックス」を読んだ上での感想を綴ります。また記事執筆時は第166回芥川賞の発表前ということで、芥川賞受賞予想も合わせて行います。(芥川賞発表後に記事更新予定です)
細部の緻密な描写や、社会に翻弄される者たちを描くユーモアが秀逸
砂川文次さんの小説はこれまでいくつか読みましたが、いずれも戦争を舞台にしたものでした。元自衛隊ならではのリアルな描写で好きでしたが、今回の登場人物の仕事はメッセンジャー。街を自転車で駆け抜ける際の描写もかなり緻密で、戦争以外のテーマでもしっかり小説を書いていることにまず感動しました。
筆者自身もかつて正社員で働きながら職場に馴染めずに脱サラした身なので、登場人物の心情はよく分かり、身につまされる思いでした。コロナ禍における不安定な働き方は、多くの方に共感されるのではないでしょうか。
主人公が住んでいる物件の大家さんがうまく話に乗せられて不動産運営した話など、社会に翻弄される者たちのアイロニカルなユーモアがよく効いてました。単に生きづらさを書くだけでなく、希望を持って描かれたラストも好きでした。
「ブラックボックス」は芥川賞を受賞できるか予想してみた
果たして「ブラックボックス」は芥川賞を受賞できるのでしょうか?間違いなく一定の良い評価は得ると思います。しかし結果的に言うと、受賞するかどうかはかなり微妙なラインです。良い評価、悪い評価をされると思われる点をそれぞれ箇条書きでまとめます。
良い評価をされると思われる点
・戦争以外のテーマでもしっかり小説を描けている点
・自転車で駆けるシーンの緻密な描写
・コロナ禍における若者の生きづらさを正面から書いている点
悪い評価をされるかもしれない点
・ラストがやや安直だと思われるかもしれない点
・主人公が暴力を働く動機の説明が不十分
・前半の流れがやや類型的かと判断されるかもしれない点
これらが選考委員にどう評価されるかが重要です。暴力や生きづらさは純文学においてよく書かれる要素なので、十分な説明や新たな解釈などがないとあまり評価されないかもしれません。
受賞予想:◯(対抗)【本命ではなく、2番手の評価】
「ブラックボックス」の評価や感想まとめ
続いて、「ブラックボックス」が批評家たちにどう評価されているかや、読んだ方の感想などをまとめました。
砂川文次「ブラックボックス」(in「群像」2021年8月号)#読了
今期の芥川賞候補作。自転車便のバイトで日銭を稼ぐ28歳のサクマには衝動的に人を殴る癖がある。恋人に子供ができたのだが、税務署の調査官が家にやって来て…。
飛び道具的ではあるが現代のテーマをピシャリと描く。後半の超展開が神だ。 pic.twitter.com/keDNCiBacj— つかっちゃん読書垢@純文学ユーチューバー (@book_tsukatsu) January 7, 2022
毎回芥川賞候補作の感想をYouTubeに投稿している方の感想です。ついでに彼のYouTubeをチェックしてみるとよいでしょう。
砂川文次さんの「ブラックボックス」は、自転車で疾走する場面をはじめ視界の範囲がストイックに抑制されている点に賛辞が集中。中西智佐乃さんの「祈りの痕」は〈少女〉という名詞を通じて焦点化されるパートをめぐり熱い意見が。評価が割れる可能性も含めて非常に挑戦的で良い作品なのでぜひ実物を… pic.twitter.com/3dV5JO9mV4
— 倉本さおり (@kuramotosaori) August 10, 2021
書評家の倉本さおりさんは「群像」2021年9月号において、創作合評を行っています。芥川賞作家の高山羽根子さんと、批評家の矢野利裕さんと共に、鋭い講評をしていて、とても参考になります。
砂川文次『ブラックボックス』#読了
芥川賞候補作。面白かった!主人公の目を通して映る世界や思考が事細かに描写され、徐々に自分も取り込まれていく感じ。淡白でありながらアウトローな主人公が感じる世界とのずれは、妙に腑に落ちるところがあり、段々と生きる道が整理されていく感覚が面白かった。 pic.twitter.com/aZcK8cU1rE— さくらなみき@司書課程勉強中 (@chikiki5296) December 29, 2021
先ほどの倉本さおりさんの講評と同じく、丁寧な描写が高く評価されていますね。
砂川文次さん『ブラックボックス』読了。
ロードバイクで企業から企業へと荷物を運ぶメッセンジャーが主人公。アンガーマネジメントができず職を転々としてきたが、メッセンジャーの職もやがてデリバリーに堕ち困窮してしまう。コロナ禍の中の即配を巡る現代のプロレタリアリズム。#芥川賞候補作 pic.twitter.com/zDxAOEv0AH— 寒野 拾(かんのひろう) (@kannohirou) January 4, 2022
コロナ禍だからこそ生まれた小説だと言えます。
#群像 砂川文次 ブラックボックス #読了
一瞬寄せてきたのかと思ったけど、後半になってギアを一枚上げてからページが重たく、どんどん面白くなった。
戦場のシーンが無いのに、砂川作品の中で一番戦っている。
自分も何も考えたくなくて小説を読んでいる。遠くへ行きたい。 pic.twitter.com/LznJmJ5P1E— RNオンリー・イエスタデイ (@onlyyest) July 8, 2021
まとめ:「ブラックボックス」はコロナ禍の今、読んでほしい小説だった
いかがでしたか?「ブラックボックス」の特徴を以下にまとめました。
・コロナ禍における非正規労働の若者の姿を描く
・メッセンジャーとして自転車で駆けるシーンの描写が緻密
・第166回芥川賞候補作に選出(受賞予想は◯【対抗】)
以上です。コロナ禍で先行き不透明な今、多くの方に読んでほしい小説でした。未読の方はぜひチェックしてみてください!
コメント
所得隠しならマルサが入るらしいが、自転車便で頑張っている青年に
税務署員がくるかなあ?賃金は源泉徴収されているだろうし、
個人事業主ならどんないい自転車でも必要経費?
刑務所に入った理由に納得がいきません。
刑務所に入った直接的な理由は税務署員への暴力ですが、
たしかにただの自転車便の青年にまで署員が来るのは考えにくいですね…。
コメントありがとうございます!
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